「老人をなめるな」下重暁子氏

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「例えばウクライナ情勢をテレビのニュースで見てどの程度理解できますか? 難しいですよね。私がNHKのアナウンサーだった頃は、耳慣れない外来語や専門用語が出てきたら自分の言葉で解説を加えたものですが、今の報道にはそうした配慮が一切ありません。分からない言葉をスマホで調べろとでも言うんでしょうか。人生経験豊富な人を尊重する風潮はどこへ行ってしまったのか。老人が大切にされていないことに腹が立つんですよ。なので、日常生活での気づきを題材にこの本を書きました」

 仕事部屋を借りようとした著者は、80代という年齢を理由に立て続けに断られた。日本の高齢者は収入があっても部屋すら借りられないのか。そんな疑問に始まる本書は「『年寄りは田舎が好き』と決めつけるな」「エスカレーターが速すぎる」「駅のホームからベンチが消えた」「喫茶店は冷房を効かせすぎ」「ネットでワクチン予約をさせる愚」などと、老人が排除されている数多くの事例が挙がる。

 一定年齢以上の人ならひたすら共感すること必至。単なる愚痴ではなく、今の世にきっぱり物申す痛快エッセーだ。

「高齢者の運転ミスばかりが取り上げられますが、警察庁『令和3年中の交通事故の発生状況』によると、免許10万人あたりの事故件数が最も多いのは10代で1043.6件。2番目が20代前半で605.7件です。85歳以上も524.4件と少なくはないですが、高齢者ばかりが事故を起こしているわけではないんですよ。地方では病院に行くにも自動車が必要なのに、年寄りは免許を返納すべきだと? 交通事故を減らしたいなら、高齢者を狙い撃ちせず、若者のモラルや運転技術を高める方が有効なはずです」

 年を取らない人はいないのに、自分も高齢になることに思いを馳せることができないような人たちがこの国を引っ張っている。若い人ばかりが大切にされるようになってしまったのは、戦後の画一教育の歪みのせいだと著者は言う。

「個性なく生きることを良しとする教育だから、人の目を気にして意見を言わない“いい子ちゃん”になる方が楽なんですよね。言い方を変えれば、一番つまんない生き方です。断捨離のブームに乗ってモノを捨てようという風潮になびくのもいかがなものでしょう。モノは無機質でも、関わりによって違う価値が生まれます。このソファでいつも父親が本を読んでいたなとか、このソファに座っている父親と喧嘩したなという思い出があればそれを使った人の思いが宿っていく。私はそれを大切にしたいのです」

 読み進めるうちに、高齢者ならずとも日頃のモヤモヤ感が点検できるとともに、高齢者が生きやすい世の中こそ誰もが生きやすい世の中だと再確認。

 ほかにも「子どもが親の介護をするのは当然だ」という考え方を「親のわがままだ」と一刀両断し、終末期の医療費を減らすために「高齢者の延命治療は必要ない」という論に「命を軽視するな」と警鐘を鳴らすなど、読みどころたっぷりだ。 (幻冬舎 990円)

▽下重暁子(しもじゅう・あきこ) 1936年生まれ。早稲田大学教育学部国文学科卒業後、NHKに入局。女性トップアナウンサーとして活躍後、フリーに。民放キャスターを経て文筆活動に入る。ベストセラー「家族という病」のほか「極上の孤独」「年齢は捨てなさい」など著書多数。

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