2月6日(月)連載スタート 社会派ミステリー「デス・マーチ」佐野広実氏 直前インタビュー
24年前、「松本清張賞」を受賞し、歴史・時代小説を別のペンネームで手がけたのち、2020年「江戸川乱歩賞」で新人賞を受賞。その異色の経歴とともにソーシャル・ミステリーの旗手として注目を集める佐野広実氏。そんな氏が手がける2カ月読み切りの社会派ミステリー「デス・マーチ」が来週6日(月)から日刊ゲンダイで始まる。意気込みを聞いた。
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物語は冒頭、平日の大井競馬場から幕を開ける。その日、老舗の金子製薬に勤める主人公・正木典夫は、同じ会社の主任研究員・永山健治を尾行していた。競馬場まで来たのはいいが、永山はどうも競馬に本気ではなさそうだ。永山が向かった休憩所の裏手には予想屋の男がいた。永山は予想屋から何かを受け取ると、駅に向かいコインロッカーの前に立った。
そのとき、大井競馬場にいたホスト風の男と連れの女が、永山に近づいてきた──。
「ゲンダイには競馬面があるので、最初の舞台は競馬場にしようと決めていたんです。といっても私自身は競馬はやらないんですけどね(笑)。本作は、薬品会社の社員である正木が、上司の命令で研究所の主任研究員・永山を監視しているうちに、真相に気づく、というストーリーです。正木はなぜ永山を監視するのか教えられてはいませんが、医薬品データの漏洩ではとあたりをつけるんですね」
34歳の正木は医学部を中退したあと、派遣でかつかつの生活をしていた。30歳を前に中途採用されたため、正社員として扱われればそれなりに忠誠心も出てくるし、安定した給料を失いたくない気持ちも強い。と同時に社のトップシークレットが流出する事態に義憤も湧いていた。
「作中で鍵のひとつとなるのが、バイオ医薬品です。化学合成のみでの新薬開発が限界にきたいま、微生物などの遺伝子組み換えの技術を使うバイオ医薬品がこれから主流になっていくと言われているんですね。世界では20年前からやり始めていますが、日本は政官財での連携がうまくいってなかったらしく、立ち遅れているんです。永山は元大学教授にして、そのバイオ医薬品の主任研究者。現実にも注目されている、人の幹細胞が持っている炎症部位に対する修復効果を使った、細胞性医薬品の第一人者という設定にしました」
正木は監視し続けるが、ある日、永山が失踪。自宅は荒らされ、拉致かと思われた。正木は上司に報告するが、警察に通報するな、とクギを刺される。
やがて正木は、永山の娘・朱里の夫でミャンマー人研究者が、なぜか入管にとどめられていること、永山が大学を辞めたのは研究費の助成金をめぐって大学ともめたことなどを知る。
組織に従うか、自分のモラルに従うか
細胞性医薬品も助成金も一見、“善”とされるものが、見方や利用の仕方によってはひっくり返る。本作で描かれる物事の“二面性”にも注目したい。
「会社の利益を守るためと信じて上司の命令に従ってきた正木が、真実を知ってしまったときどうするか。正木は派遣から正社員になった身ですから、組織に従うか、自分のモラルに従うか、究極の選択でしょう。私も非常勤講師などをしていたので、正木の気持ちはよくわかりますね。昨今、企業の脱法行為などがニュースになったりしますが、何を優先で考えないといけないかってあると思うんです。金を稼げば何でもいい、というのは金優先。それを前提にするとさまざまな問題が起こるわけです。それでいいの? という思いを正木に仮託しました」
冒頭から緊張感を帯び、テンポのよい展開で謎へと導いていく本作。
「人生は博打という気持ちだと思えば、サラリーマンであっても会社にコミットせずに済むと思うんです。主人公の選択を自分ならどうするかと想像しながら、そんなことを感じてもらえたら」
▽佐野広実(さの・ひろみ) 1961年、横浜市生まれ。第6回松本清張賞を「島村匠」名義で受賞。2020年「わたしが消える」で第66回江戸川乱歩賞受賞。著書に「誰かがこの町で」「シャドウワーク」など。