「僕は珈琲」片岡義男著
「珈琲でも飲もうか」という言い方をするのは、喫茶店でコーヒーを飲むのが目的ではないからだ。コーヒーを飲み終えるまでの時間に頭に思い浮かべることなどもひっくるめて、「珈琲でも」という言い方をするのではないか。
片岡は人が「珈琲でも飲まないか」と言うのは、平日の午後のすべてが弛緩(しかん)した状況だと思っていた。
ところが、黒沢明の「天国と地獄」では、片岡の想定とは正反対の緊迫した状況でこのセリフが出てくる。男が誘拐犯に指定されて特急こだまに乗り、ビュッフェの電話室で誘拐犯からの電話を受ける。それを見張るために、警部が部下に「珈琲でも飲んでこい」と指示してビュッフェに行かせるのだ。(「珈琲でも飲もうか」)
コーヒーや映画に関するエッセー52編と短編小説を収録。
(光文社 1980円)