山本一力(作家)
5月×日 金沢での取材後、特急サンダーバードで大阪へ。着後、地下鉄利用で新世界に向かった。
「じゃんじゃん横丁」の八重勝で串カツをたらふく食べるためである。
目の前のにいさんが、揚げたてを供してくれる。串まで熱いのを掴み、ウスターソースが張られたパレットに丸ごとつっ込む。垂れるソースごと、一気に頬張ったのは、たまねぎフライ。ソース酸味とたまねぎの甘さが、熱々の中身ともつれあう。えび・れんこん・こんにゃく・とんかつ・串カツ・げそ……。
下戸でも揚げたて各種品と、冷えたノンアルコールビールの取り合わせなら、際限なしに賞味できた。
5月×日 翌朝、ホテル近くの喫茶店でモーニング。江戸では極端に減少した町場の個人営業の店。浪花はいまだ難波近くでも、個人の喫茶店がある。ベーコンエッグにトースト、舌がやけどしそうに熱いコーヒー。美味さに惹かれて3日も通った。
江戸の職人が主役の時代小説書きには、浪花は頼れる「食の旧世界」だ。
6月×日 旅から帰った日、1冊の新刊が届いた。柏原光太郎著「ニッポン美食立国論」(講談社 1870円)だ。
美味しいものを求めて世界中を旅する人々を「フーディー」と呼ぶらしい。その他無数の食に関する知識・情報を本書から得た。世界でも抜きんでている高き品質の「食関連の資源」活用こそ、日本の立国に寄与できる。
多彩な資料と著者の体験などを基盤として、独自の提言を展開している。多数ある食関連類書との際だった違いも、まさにこの提言にある。
読後、本書の記述にはないが、日本人が毎日飲用する水道水を思い返した。
いったい世界の何カ国が「水道水の安全」を担保しているのか、と。日本人が「あたりまえ」とする安全な水道・文化・食材などこそ「世界に誇れる資源」だと、本書に教えられた。
美味くて安全な食材が、図抜けた技量を持つ料理人の手で供される。「美味き」を求めて世界を旅するフーディーを日本なら招き寄せられると、本書は読者に訴えかける。
日本の歴史と文化とが総力となって世界と向きあえば、大いなる可能性ありとの提唱には打たれた。