「日本居酒屋遺産 西日本編」太田和彦著
「日本居酒屋遺産 西日本編」太田和彦著
居酒屋の伝道師である著者は「居酒屋の『居』は、居心地の『居』、居場所の『居』。客がそこに通うのは酒肴もあるが、建物の居心地の力が大きい」という。
本書は、「創業が古く昔のままの建物であること」「代々変わらずに居酒屋を続けていること」「老舗であっても庶民の店を守っていること」を条件に選んだ店を、「居酒屋遺産」と認定して紹介するビジュアルガイド。西日本編の本書では、愛知県以西の居酒屋10店に、番外編として東京のある店を加え、11店を案内してくれる。
巻頭を飾る愛知県名古屋市の「大甚本店」の創業はなんと明治40(1907)年。名古屋の目抜き通りの交差点に立つ現在の建物は、昭和29(1954)年に「小さな店は請け負わない」という竹中工務店を口説いて依頼したコンクリート造りのモダンな印象の3階建てだ。
店内に一歩入ると、右側に厚さ15センチもある桧の一枚板の大机が整然と並び、それを赤いカバーをかけられた丸椅子が囲む。壁際は畳表を敷いた長腰掛けで、板壁は長年、客の背が当たる部分が磨かれ白く光っている。
圧巻は客席の反対側にある燗付け場。赤レンガで造られた大きな竈に大鍋と大釜がはめ込まれ、左の鍋には湯で温められた杯が、右の釜では酒の入った徳利が燗をされ、出番を待っている。
竈のそばには店内を見回すように白木の四斗樽が鎮座。その酒「賀茂鶴」は、広島の酒蔵の大甚専用タンクから毎日2樽運ばれ、交換されるという。
燗付け場の隣に並んだガラステーブルには、かしわ旨煮や、いわし生姜煮、煮穴子、ポテトサラダ、蕗煮など、季節の肴小皿がぎっしりと並ぶ。
その奥には鮮魚コーナーがあり、ケースに並ぶ鮮魚を選び、調理法を指定することもできる。
客は初めに席を確保し、自ら好みの小皿を取りに行ってから酒を注文する。すると、酒と箸と杯が運ばれてくるというシステムだ。
年季は入っているが隅々まで掃除が行き届いた店のたたずまいとうまい酒と肴、まさに遺産の条件を完璧に満たした店と言える。
この店は愛知県海部郡大治村で地酒「大甚」の名をとり始まったが、創業者の山田徳五郎氏が26歳で早世。妹のミツさんが跡を継ぎ、明治40年に名古屋に移ってきたという。現在の店主・泰弘氏は4代目だ。
ほかにも、著者の居酒屋巡りの原点となり30年近く通い続ける京都の「赤垣屋」や、昭和7年に満州の大連で開店し、戦後、九州・博多で再興した「おでん安兵衛」など。酒飲みなら一度は訪ねてみたくなる店ばかり。
著者自身もそれぞれの店で酒肴を味わいながら、改めて店主らの話に耳を傾け、その店の物語を紹介する。
「居酒屋は飲んで食べるだけではない、そこにしかない空気に身を置き、自分がその店の客であることを誇りに思うところ」だと著者は言う。あなたはあなたの居酒屋遺産をお持ちだろうか。
(トゥーヴァージンズ 2420円)