「香港 絶望のパサージュから語りの回廊へ」日本語版「消えたレノンウォール」翻訳委員会編
「香港 絶望のパサージュから語りの回廊へ」日本語版「消えたレノンウォール」翻訳委員会編
2019年に香港で出版された本書の原題は「消えたレノンウォール」。レノンウォールとは、1980年、ジョン・レノンの死を悼むチェコ・プラハの市民がとある壁にその思いをつづったメモを寄せたことから名付けられた。香港では、真の普通選挙の実現を訴える2014年の雨傘革命の際に出現し、犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを可能にする2019年の逃亡犯条例への反対運動では香港全域に100カ所を超えるレノンウォールが出現したそうだ。
本書は、2019年のレノンウォールに寄せられた市民の声を当時の街角の様子を伝える写真やイラストとともに紹介するビジュアルブック。
2019年6月、キャリー・ラム行政長官が「逃亡犯条例」改正案の強行採決に動き出す。
条例の改正によって、中国政府の統治がさらに強まり、自治が維持されなくなることを恐れた香港市民は街に出て抗議の声を上げる。
初回に1万人ほどだったデモは、2回目には13万人、そして3回目の6月9日には100万人を超え街を埋め尽くす。その日、レノンウォールも香港政府があるアドミラルティー(金鐘)に出現。このレノンウォールが悪意を持って破壊されると、香港各地に続々とレノンウォールが広がっていったという。人々はその前で活発に議論を交わし、レノンウォールはコミュニティーのランドマークとなっただけでなく、市民が集まる場所にもなったそうだ。
本書では、運動に携わったさまざまな人々の声とともに、6月9日から11月2日まで、香港で何が起きていたのかを無名の香港人らのレノンウォールへの書き込みから再現する。
6月9日以降、議会で条例を強行採決しようとする行政長官と、それを阻止しようとする市民との間で日を追うごとに緊張が高まっていく。
強行採決を前日に控えた11日の夕方、民主派の立法会議員が行政長官の官邸に請願に向かうが、警察に追い払われ、アドミラルティーに集まり始めた若者らも、警察に所持品を調べられる。それらの光景を見た市民は、逃亡犯条例がまだ通過していないのに「一国二制度がもう崩壊したのを感じている」と書き記す。
そして採決が予定されていた12日、立法会を多くの人が取り囲み封鎖。平和なデモは暴動と見なされ、警察はついに集まった人々に向け催涙弾を使用し、攻撃を始める。
3日後、行政長官は条例の改正案を据え置くと発表するが、撤回を求める市民の戦いは続く。
警察、さらに警察と結託したギャングによる市民への過激な暴力など、レノンウォールへの書き込みから現場で何が起きていたのか、そして彼らの憤りと無念が浮かび上がる。
3年前に習近平指導部により成立した「香港国家安全維持法」によって、いま、香港は何事もなかったかのように日常を取り戻している。しかし、本書を読む限り、地下では往時のマグマがいまだ鎮まることなく煮えたぎっているに違いない。
(集広舎 3999円)