「里山」今森光彦著
「里山」今森光彦著
滋賀県で生まれ育ち、現在も琵琶湖畔の仰木町に構えたアトリエを拠点に活動する自然写真家の著者が、故郷の里山の四季を撮影した写真集。
春、湖畔の東側、鈴鹿山脈や伊吹山地の雑木林では、雪解けを待っていたかのようにセツブンソウが可憐な花を咲かせ、新しい季節の到来を告げる。
同じころ、人里では待ちかねていたように田んぼに水を張るためのあぜつくりが始まる。
やがて、水が張られた田んぼのあぜ道にタンポポが黄色のベルトのように一斉に花を咲かせる。
一方、ヨシが茂る琵琶湖の船着き場では、朝焼けの中、漁師が竿を操り舟を湖へとこぎ出していく。湖面には靄が立ち込め、何とも幻想的だ。
漁師が取ったのは、桶からはみ出しそうなほど大きな鯉だ。湖の浅瀬では、鯉のカップルが世代をつなぐために産卵、水面にはヨシの新芽が顔をのぞかせ、命の賛歌が奏でられる。
タチヤナギが芽吹き、漁が始まるこの時季が、琵琶湖が一番穏やかな美しさを見せてくれるころだという。
そして早朝、高所から見下ろせば、かなたまで広がる田植えを終えたばかりの棚田が朝日を反射して、一帯が橙色の空気に包まれたようだ。
霧が出ると、そんな棚田の風景も一変。青白い世界に閉じ込められたような神秘的な風景の中に吸い込まれそうになる。
著者は、仰木の棚田はアジアの原風景を思わせるという。人々の暮らしの営みと自然との共生による里山ならではの美しさがここにはある。
気温の上昇とともに、早苗はすくすくと育ち、里山に命が爆発する。夜の小川ではゲンジボタルの光芒が群れ、ツユクサにとまるナナホシテントウムシは絶妙な色のコントラストを作り出す。オニヤンマの複眼は木々の緑を吸い込んで夏色の輝きを放ち、アジサイの花の間からアマガエルの子どもが顔を出す。
棚田の緑は刻々と濃くなり、比叡山の峰からは入道雲が湧き立つ。
7月の中旬になると、竜王町の界隈では昔ながらの「虫送り」の祭りが行われる。
タイマツを持って村から村へと練り歩く「虫送り」の行事は、イネを食べる害虫やイネの病気をもたらす悪霊を追い払うため、かつては全国各地で行われていた。しかし、農薬が使われるようになり廃れ、今では県内でもわずかな地域でしか行われていないという。
竜王町の虫送りの行事に参加した折のエピソードなど、里山の暮らしを通じて出会った人々との思い出をつづるエッセーも収録。
お盆に、手作りのお地蔵さんに花や果物を供えて先祖の霊を迎える「おしょらいさん」や、バイカモが生える清流で野菜を洗う住人など、里山に暮らす人々の営みも活写。
そして待望の収穫の秋が訪れ、やがて棚田に雪が積もり、しばしの眠りにつくまで、里山の一年を追う。
日本の原風景がここにはある(写真はすべて(C)Mitsuhiko Imamori)。
(クレヴィス 3300円)