「希望への道標」川田雅輝著
「希望への道標」川田雅輝著
災害に見舞われたのだろうか。床も、散乱する設備類も、泥水をかぶったあとに乾いて放置されたままに見える工場の内部や、板張りの床に並んだ木の机、その上には使いかけの木琴があるから、かつては音楽室だったのだろうか。天井にはむき出しの太い梁がはしる昔ながらの木造校舎に木漏れ日が差し込む情景など、廃虚の写真を集めた作品集。
中には、今はもうすでに取り壊され、この世には存在しない建物もあるだろう。しかし、かつては多くの人が利用し、活用されていたはずの廃虚を写した写真なのだが、それは同時に実は誰も見たことがない風景でもある。
いずれの写真も、色味や明暗の修整にはじまり、雲や太陽が描き込まれたり、植物や光芒を重ねるなど、それぞれに入念な加工が施されており、それはもはや現実の風景とは異なり、著者の意思が反映された絵画のような作品となっているからだ。
そもそも著者が写真を始めたのは、当時住んでいた福島で東日本大震災に遭遇し、自分ならではの目線で被災地を記録するためだったという。
当時は被災の酷さを記録しようと暗い写真が多かったのだが、被災者と出会いを重ねるうちに、次第に被災から立ち上がるポジティブさに目が向くようになったという。
やがて廃虚の無常観や退廃美に魅了され、廃虚を被写体にするようになっても、廃虚のなかに芽吹く草花や、空や太陽に自然に抱かれる廃虚を美的に撮るようになったという。そんな著者のこだわりが凝縮した作品集なのだ。
ほかにも、幾何学模様のように整然と並んだ柱や梁が手前で崩れ、その破綻ぶりにさえ調和が見える現代アートのような元養鶏場、頑丈な石造りゆえか廃虚に見えない元公共施設と思われる重厚な建物の内部、かと思えば、営業中だったのだろうか、カウンターには食べかけの皿などが並びフロアには什器類が散乱する、突然世界の終わりを迎えてしまったかのようなレストランの店内や、まだ廃虚になって間もないのか、無残に原形をとどめない障子紙とは対照的に、薄汚れてはいるものの畳の質感が残っている和室などもある。
そこがどこなのか、どんな建物かも分からないが開け放たれた窓が割れ、床に散乱するガラスがバルコニーの向こうに落ちてゆく夕日を反射する作品がある。どこか物悲しくも、それは明日が必ず来ることを教えてくれてもいるようだ。
「船出」の一言が添えられた表紙の写真は、被災地の陸に打ち上げられた漁船の後ろ姿を撮ったもの。あえて後ろ姿を撮ったのは旅立った故人を見送る意味を込めたかったからだという。あの日から12年が経ち、甲板には若木が姿を見せている。その姿に著者は若者たちが社会に船出する姿を重ね、「あの日旅立った者たちへの弔いと、これから旅立つ者たちへのエール」を込める。
これまでの廃虚写真を超え、廃虚の新たな魅力を教えてくれる一冊だ。
(KADOKAWA 2420円)