「太閤暗殺 秀吉と本因坊」坂岡真氏
「太閤暗殺 秀吉と本因坊」坂岡真著
日本人なら誰もが知る戦国時代の三英傑、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。本作は信長亡き後、天下人に上り詰めた秀吉の死の謎を追う歴史ミステリーで、この激動の時代を本因坊算砂(日海)という囲碁の名人の視点から描いている。
「日海は実在した僧侶であり、現在も続く囲碁の一流派、本因坊の開祖となった人物です。そして日海は、信長、秀吉、家康に仕え、三英傑の囲碁の師匠として対局を重ねたといわれています。本作では、そんな日海だからこそ知り得た秘密があるのではないかと考え執筆に至りました」
著者は以前、「絶局 本能寺異聞」(改題「本能寺異聞 信長と本因坊」)で信長の死の真相に迫る物語を描いている。本作は、その後日譚と言える作品だ。
「時代小説を描き続けて来た身としては、いつか織田信長を描いてみたいと思ってきました。そのため、前作で満足していたのですが、知れば知るほど秀吉もまた信長とは違った魅力がある人物。本能寺の変から秀吉の死去までわずか16年で、政がどう動き、そしてなぜ秀吉は死んだのか、描いてみたいと思いました」
物語は秀吉亡き後、日海が天王山の麓にある茶室、妙喜庵を訪れる場面から始まる。時は慶長19(1614)年。呼び付けたのは、天下を手中に収めつつある徳川家康だ。淀殿の庇護する秀頼を守ろうとする豊臣家の残党を一掃するべく、その大義が欲しい家康は日海にこう迫る。
「いったい、秀吉は誰に毒を盛られたのじゃ」
この場面をプロローグに、物語は本能寺の変の直後まで戻る。
「この時代、多くの武将たちが好んで囲碁を打っていたとされ、実際に日海も対局の中で知りたくもないさまざまな策謀を知らされていたかもしれません。日海は天下取りに絡む武士ではなく権力とは無縁の存在ですが、一方で名もなき庶民とも違う。そんな人物と同化して読んでいただくと、この時代の面白さが少し違った角度から味わえるかもしれません」
卑しい身分から上り詰め信長とは違った政を行う秀吉だが、いつしか破滅に向かう暴走を始める。その最たる例が朝鮮出兵であり、知に長けた多くの武将たちがなぜ秀吉にあらがおうとしないのかと、日海は苦悩する。
「秀吉は武士の出ではなく、その点で言えばもしかしたら庶民に寄り添い、太平の世と天下を維持できたかもしれない。しかし、長く権力の座にいると腐敗が起こるのか、豊臣の世は誰もが知る結果で終焉します。この構図は現代でもまったく変わっておらず、世界で起きている戦争も、また今の日本の政治不信も、長期の権力が道を誤らせているが故に思えます。人間は学習しない生き物なのでしょうか」
囲碁という題材を巧みに使った、本作における秀吉の死の真相にも息をのむ。日海もいや応なくその死に巻き込まれていく。なぜ秀吉は死んだのか、誰かが手を下したのか。歴史好きや囲碁好きはもちろん、今年のNHK大河ドラマでこの時代に興味を持った視聴者も、秀吉の時代を深掘りできるだろう。
史実とフィクションが融合した、極上のエンターテインメントだ。
(幻冬舎 1980円)
▽坂岡真(さかおか・しん)1961年、新潟県生まれ。時代歴史小説家。将軍家毒味役に材を取った「鬼役」シリーズは200万部を超える大ヒット。「はぐれ又兵衛例繰控」などのシリーズ作品をはじめ「冬の蝉」「一分」など著書多数。