あの日を思い出そう!お仕事小説特集
「二十一時の渋谷で キネマトグラフィカ」古内一絵著
来週23日は勤労感謝の日。仕事人生も長くなると、初心を忘れ、モチベーションも低下しがちだ。いい機会なので、これらのお仕事小説を読んで、もう一度初めて職場に立ったあの日のことを思い出してみてはどうだろうか。
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「二十一時の渋谷で キネマトグラフィカ」古内一絵著
2019年、新元号が発表されたが、老舗映画会社の社員・江見の心はさえない。会社が経営に行き詰まり、映像配信会社の傘下に入ることが決まったのだ。
就職氷河期に大学を卒業した江見は、テレビの制作プロダクションでのバイトに疲弊、早すぎた結婚も破綻する中、一本の映画に救われ、縁あって現在の会社に転職。以来、20年近く映画の宣伝に携わってきた。
しかし、社内の機構改革のあおりを受け、今はDVD宣伝チームのチーム長に降格されてしまった。入社当時、ミニシアターブームの熱気に包まれていた社内は、今は嫌な噂が飛び交い、資本交代を前にすべての業務がストップしたままだ。
社名が消えるのをただ黙って見過ごしていられない江見は、過渡期の今ならできるかもしれないと、新しい企画を提案するが……。
老舗映画会社の社員、それぞれの働き方を描くキネマトグラフィカ・シリーズ第2弾。 (東京創元社 858円)
「あとを継ぐひと」田中兆子著
「あとを継ぐひと」田中兆子著
哲治の一人息子・誠が3年ぶりに帰郷する。理容師の哲治は、離婚を機に4歳の誠を連れて知人もいないこの町に移り住み、店を開業。今では平日にまったく客が来ない日もある。
哲治は誠に後を継いで欲しいと思っていたわけではないが、誠は高校卒業とともに父親の反対を押し切って相撲部屋に入門。しかし、3年前に膝を壊し廃業し、今は介護施設で働いている。仕事のために40キロ以上も減量した誠は、引退の報告に来たときとは大違いで表情は明るく仕事も順調そうだった。
食事中も、喜々として仕事の話をする誠は、小さいときから哲治の仕事を見てきたから入浴介助も得意だと話す。しかし、それを聞いた哲治が突然怒りだす。(「後継ぎのいない理容店」)
ほかにも、父亡きあと麩菓子工場を継いだ長女の万純や、老舗旅館の「女将」を継ぎたいトランスジェンダーの息子を主人公に、事業を受け継ぐ人、受け継がせたい人たちの思いを描く連作短編集。 (光文社 770円)
「役職定年」荒木源著
「役職定年」荒木源著
金融系企業で人事のキャリアを積んできた加納は、大手生命保険会社に転職。出社初日、常務から社内に巣くう「妖精」を「絶滅」させるよう指示される。妖精とは、フレックスを利用して朝7時に出社して3時に退社するシニア社員。その間も自席をたびたび離れ、仕事など何もせず、社内ではなかなか姿を見られないから「妖精さん」と呼んでいるらしい。
手始めに希望退職を募り、50歳以上の非役職者には加納自らが語りかける動画メッセージを送信。しかし、翌日、加納を誹謗中傷するビラが社内にばらまかれる。腹を決めた加納は、従業員に一定期間で達成すべき目標を示し、目標が達成できないものにはそれを理由に退職を勧奨すべく、プログラム「PIP」を実施することに。
すると、妖精さんのリーダー格・毛利が猛反発。妖精同盟を結成し、加納らに対抗してくる。
首切りを巡る仁義なき攻防を描く会社小説。 (KADOKAWA 814円)
「神様には負けられない」山本幸久著
「神様には負けられない」山本幸久著
26歳のさえ子は、7年勤めた会社を辞め、義肢装具士を目指し、専門学校に通っている。恋人とも別れ、年下の同級生らと学ぶ日々だが、製作実習ではクラス最低の評価で、落ち込むことも多い。
対照的に、同じ班の戸樫はコミュニケーション能力は低いものの、実習はクラス一の実力。もうひとりの真純は、ファッションや口調はヤンキーそのものだが、NGO団体に所属してアフリカで子どもたちの義足を作るという目標を持っている。
そんなある日、戸樫に誘われ、義肢装具について学ぶ中学校の課外授業に手伝いとして参加したさえ子は、何げなく放った一言でパラバドミントンの選手を怒らせ、「他人の気持ちがわからない無神経な人間は義肢装具士にならないほうがいい」とまで言われてしまう。
悩みながらも仲間に支えられ義肢装具士を目指すさえ子の成長を描きながら、義肢装具の製作過程やユーザー、そして製作者たちの思いを描く。 (新潮社 825円)