身近に感じられる!文豪たちの別の顔特集
「泥酔文士」西川清史著
時代を超えて読み継がれる名作を残した文豪たち。しかし、随筆や雑編などからその“人となり”を読み解くと、酔っぱらい問題を起こしたり、借金から逃げ回ったりと人間くさい一面があることが分かる。今回は、そんな文豪たちの別の顔を垣間見ることができる4冊を紹介する。
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「泥酔文士」西川清史著
酔っぱらい文豪たちの逸話を紹介する本書。
「汚れつちまつた悲しみに」をはじめ叙情的な数多くの詩を生み出し、30歳の若さでこの世を去った中原中也。実は信じられないほど酒癖が悪かったことでも知られている。絡まれて喧嘩を吹っ掛けられた文豪たちは数知れず。太宰治もひどい目に遭っていたひとりだという。
「中原とつきあうのは、井伏さんに止められているんでね」というのが、中原と距離を置くための太宰の口癖だったほどで、井伏さんとは中原たちより10歳ほど年上の小説家である井伏鱒二のことだ。
しかし、必死に遠ざけていても絡んでくるのが酔っぱらいというもの。あるときは「青鯖が空に浮かんだような顔しやがって」などと罵られ、気づいたときにはその場にいた文豪たち数人を巻き込んだ大乱闘になったとか。
罵りの言葉もどこか叙情的に聞こえる文豪ならではの酔っぱらいエピソード。何やら親近感も湧いてしまうぞ。
(講談社 1870円)
「逃げまくった文豪たち」真山知幸著
「逃げまくった文豪たち」真山知幸著
文豪たちの豪快な「生きざま」ならぬ、「逃げざま」をクローズアップ。
人生の一大イベントである結婚式を逃げ出したのは、石川啄木である。盛岡での式のため東京からやってくるはずが、来ないばかりか連絡も取れない。当時の啄木はまだ詩集も刊行できておらず困窮中で、所帯を持つ覚悟ができず逃避行していたのだ。
「母が重体」という手紙を捏造し、式の10日前には詩人の土井晩翠から15円を借金。いよいよ盛岡に向かうかと思いきや、なぜか仙台でダラダラと過ごし、ついには結婚式をドタキャンしたという。
金が原因で逃げた文豪は少なくない。内田百閒は東京帝国大学出身のエリートだが、日々の生活費をぜいたくに使い過ぎて借金まみれに。ついには妻子を置いて逃亡し、自分だけ10年も身を隠していたというから上には上がいるものだ。
文豪たちの逃げっぷりにはあきれるものの、つらいときには逃げてもいいのかも……と少し勇気づけられる。
(実務教育出版 1430円)
「文豪たちの『九月一日』」石井正己著
「文豪たちの『九月一日』」石井正己著
1923(大正12)年に発生した関東大震災。実はこの大災害を経験し、文章にしたためた文豪たちは少なくない。本書ではそれら32編を紹介している。
谷崎潤一郎は横浜に住んでいたが、地震発生当時は箱根に滞在していた。朝、箱根ホテルから乗合自動車に乗って山道に差し掛かった頃、大きな揺れに襲われる。崖からは巨岩が転がり落ち、舗装されていない土の山道はボロボロと崩れていく。乗客の半数が西洋人であり、車から降ろしてくれとパニック状態だったという。
大きな揺り返しを耐えながら何とか小涌園ホテルにたどり着いたものの、宮ノ下方面では火災が発生しホテルからも煙が見えた。また小涌の警察分署はマッチ箱のようにあおむけになり、谷底に落ちていたと谷崎は書いている。
芥川龍之介、与謝野晶子、北原白秋ら、文豪ならではの視点からの罹災記は、その恐ろしさをありありと伝えてくれる。
(清水書院 1650円)
「文豪悶悶日記」荒木優太、住本麻子著
「文豪悶悶日記」荒木優太、住本麻子著
本書で紹介するのは、文豪たちの雑文の中でも、とくに悶々とした感情が伝わる素顔の記録だ。
芥川龍之介といえば普通の男とは違う次元にいそうだが、「鷺と鴛鴦」を読めばただの男であることが分かる。ある夏の日、銀座を歩いていた芥川はハッとするほど後ろ姿がよい2人の女性を発見する。ひとりは鷺のようにすらりとして、ひとりは鴛鴦のように腰を振って歩いている。
2人を通り越してさりげなく顔を物色。姉妹とおぼしき顔立ちで美人であると大満足。その後、電車でまたも彼女らに遭遇した芥川は、さりげなく席を譲ってやるのだが、そこで激しく落胆する。理由は、鷺の髪が臭かったことと、彼女たちが生理の話をしていたため。夏の女の姿は幻滅の象徴になったと締めくくる。
現代ならばセクハラと糾弾されかねない文章だが、気持ちは分かってしまう。金がないと嘆く樋口一葉、子育ての醍醐味をつづる坂口安吾など、人間らしい素顔が愉快だ。
(自由国民社 1430円)