時代小説「戯家 本屋のべらぼう人生 蔦屋重三郎外伝」増田晶文氏連載直前インタビュー
「絵師の魂 渓斎英泉」「楠木正成 河内熱風録」など、史実をもとに人物をイキイキと描く時代小説が注目される増田晶文氏による連載小説「戯家 本屋のべらぼう人生 蔦屋重三郎外伝」が来月3日からスタートする。主人公は、2025年の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」で描かれる、蔦屋重三郎だ。
吉原の一角の茶屋に一風変わった面々が集まっている。派手な音曲が座敷に響く中、武家と町人、戯作者や絵師、能楽師に煙草屋らが賑やかに酒を酌み交わす──。その座の中心にいるのは、蔦屋耕書堂の主で、今宵の宴を催した“蔦重”こと、蔦屋重三郎だ。戯作者の朋誠堂喜三二や恋川春町らへの提案を胸に秘めながらも、重三郎は笑顔で抜け目なく次の作品の芽を探している。そんな酒席の様子を憎々しげに見上げる武家の姿があった。
冒頭から何やら不穏な空気が漂う。
「本作は、江戸中期から後期にかけ、多くの絵師や戯作者を発掘し育てた蔦屋重三郎の半生と、彼をめぐって出入りする人たちを描く時代小説です。富裕層の豪商や武士らが担い手だった儒学や大和絵からやがて、黄表紙や絵草紙、吉原細見ら、庶民のための娯楽文化が発達していくわけですが、こうした文化を牽引したのが蔦重だったんですね。彼を中心に江戸のひとつの文化、カウンターカルチャーがまわっていく様子を描いていく予定です」
蔦重が活躍した時代は大きく2つに分けられる。1つは江戸幕府老中で幕政を主導した田沼意次の時代。もう1つは、田沼失脚後、老中に収まり寛政の改革を行った松平定信の時代だ。この2つの時代を背景に物語は進んでいく。
「改革により景気が改善した田沼時代は、明るくておおらかな時代なんですね。イケイケバブルの高揚感が江戸を覆っていて、皆が粋だ、ツウだと浮かれていた。この頃に蔦重は念願の本屋を興し、江戸の事件や話題をパロディーにして提供する黄表紙を開板・大量刊行して注目を集めたり、ほかにも洒落本、吉原細見とさまざまなジャンルの本を出したりして大活躍します。蔦重と一緒に仕事をした絵師や戯作者らも大いにノッていて、“戯家”ているのは彼らの作品を読むとよくわかる。戯けとはふざけるの意ですが、大人って面白いな、と思うかっこいいアホさ加減なんですよ(笑)。彼らは自分たちの作品は芸術ではなく、エンターテインメントというところに立脚しているんですね。ただ、それが定信の時代には、裏目に出るわけですが……」
売れ筋商品を企画する蔦重は単なる本屋を超えて、出版プロデューサーでもあった。原石ではなく、芽生えを見つけ育て大きな木にして実らせる。その育てっぷりの手腕は、今作の大きな読みどころになりそうだ。
「蔦重が自分で見つけ出したのは写楽だけで、歌麿にしろ山東京伝にしろ、すでにデビューしていた人の才能を花開かせたんです。誰にどういうものを描かせれば、どういうものができてくるか、というセンスはバツグンでしたが、彼が成功したのは性格もあったのではと思うんですね。優しくて、仕事ぶり、人を育てる過程が丁寧だった。歌麿などは自分の家に居候させ面倒をみていましたから。『うちが本を作ってやるんだから頼みに来るのが筋だ』という本屋もあった中、彼はある意味、対等であり続けました」
■ピンチを「でも、しかし」と、アイデアで逆転
著者は前著「稀代の本屋 蔦屋重三郎」でもその人生を描いているが、今作では初めて彼の幼少期と両親、そして妻が描かれる。
「彼の成功譚ばかりに目がいきますが、実は両親との縁は薄く、育った場所である吉原を商売にすることの葛藤、政局に翻弄されるなど、その人生はピンチの連続でした。それを『でも、しかし』と、アイデアで逆転していったのが蔦重の面白さであり、たくましさなんですね。その反骨ぶりもぜひ一緒に楽しんでもらいたいですね」
果たして蔦重のべらぼうな挑戦はどう転んでいくのか。
切り絵作家・小宮山逢邦氏による挿絵もどうぞお楽しみに。
▽増田晶文(ますだ・まさふみ) 1960年、大阪生まれ。同志社大学法学部卒。「果てなき渇望」(文藝春秋ナンバー・スポーツノンフィクション新人賞および文春ベスト・スポーツノンフィクション第1位)でデビュー。著書に「稀代の本屋 蔦屋重三郎」「絵師の魂 渓斎英泉」「楠木正成 河内熱風録」「ジョーの夢」「エデュケーション」「S.O.P.大阪遷都プロジェクト」「父と子の中学受験合格物語」など多数。