楡周平氏 自動車メーカー最後の挑戦を描く「ラストエンペラー」連載直前インタビュー
経済小説を得意とする楡周平氏による自動車メーカーの最後の挑戦を描くビジネス小説「ラストエンペラー」が4月4日(月曜日)からスタートする。
時は、202×年。2029年にガソリン車の製造をやめ、全面的に電気自動車(EV)に移行することが決まった「トミタ」が舞台だ。
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───著者はこれまで「クレイジーボーイズ」(2007年)でエコカーの技術革新の関わりを、「ゼフィラム」(2009年)では、CO²排出ゼロの新型車開発をめぐる物語を、さらに「デッド・オア・アライブ」では、EV市場とテクノロジーをにらむ企業の戦いなど、多くの自動車を取り巻く物語を世に送り出してきた。
「この10年で自動車をめぐる環境は大きく変わりました。ガソリン車からEVに代わるのは今や世界の流れで、止めることはできません。現在の車社会とは別の社会になるでしょう。だから、これまで世界に君臨してきた日本の自動車メーカーですが、もう終わりが近づいてきていると僕は思っているんです。燃費の良さが日本のメーカーの強みでしたけど、EVになると燃費は関係ないので勝ち目はない。そもそも車造りがシンプルになるので、自動車メーカーはすることがなくなるんですよ」
物語は、その自動車メーカー「トミタ」が舞台です。F1レースのシーンから始まり、EVを推進してきた社長が、技術畑の部下に思いもかけぬ話を打ち明ける。
「今作を一言でいうと、自動車メーカーの最後の戦いですね。実を言うと最初の構想では、世界と戦える最高峰のEVを手掛けるストーリーの予定だったんですが、書き始めたら、何か寂しいよな、と思ったんです。エンジン製造や部品に至るまでの今までの技術の推移、また就業者数は500万人とも言われる裾野の広い産業が、この先消えてしまう。性能に大差はないし、恐らく今までのようにディーラーも介在しない売り方になっていくはずです。そうなったときに、豪華なEVを造って意味があるのか、と。だったら最後にガソリン車で最高峰のものを造ったほうが面白いと、予定を変えてしまいました(笑い)」
──そのためにプロジェクトが組まれる、と。
「僕が最後のガソリン車、モニュメントとなる“ラストエンペラー”にふさわしいと考えたのは、日本の技術の粋を集めたような車ですね。たとえば新幹線のダンパーをつくっている職人の技術というのは世界トップクラスです。魅力的な伝統工芸も数多くあります。ハイテクは無理だけど、伝統的な技術や精度を求められるものは、日本が唯一勝てるところ。海外の視点で見てみると、それらは大いに魅力だし、リスペクトもされています。その意味で今時点でやるなら車は造れるし、世界の大富豪の興味を引くと思いますね。一つ一つカスタマイズで造るなら1億円でも売れるんじゃないでしょうか」
■テーマは日本の「技」と「美」
──EV時代のひとつのビジネスモデルになる、という期待があるのか。
「実際にビジネスチャンスはあると思っています。これまでの作品でも空き家問題の解決策など提示してきたんですが、僕は新しいビジネスを考えるのが好きなんです。今こういうのやれば面白いんじゃない? というのを小説の中でシミュレーションして遊んでいるんですよ。この物語ではラストエンペラーを造るためのプロジェクトが生まれます。粋を集めた車造りには職人、技術者たちが関わりますが、このような形でニーズが生まれれば技術を継承しようとする若者も出てくるし、そうなってほしい。作品のテーマを『日本の技』『日本の美』に据えたのは、そうした思いがあるからなんです」
──EVVSガソリン車に加え、その人間ドラマも楽しみだ。
「エンペラーができるまでの社内政治、またプロジェクトでは内外の人間が集まりますから、そうした人間関係も読みどころになると思います。まだ登場していませんが、プロジェクトを仕切るのは女性で、彼女が主人公です。どうぞお楽しみに」
▽楡周平(にれ・しゅうへい) 1957年、岩手県出身。慶応義塾大学大学院修了。米国企業在職中の1996年に発表した「Cの福音」がベストセラーに。翌年から作家業に専念。著書に「プラチナタウン」「ヘルメースの審判」「サリエルの命題」など多数。