「われは熊楠」岩井圭也著
「われは熊楠」岩井圭也著
癇癪持ち、暴れん坊──。これが両替兼金物屋を営む南方家の次男、熊楠の幼い頃から続く評判だった。
慶応3年、和歌山に生まれた熊楠は4歳のとき、突然、己の内から声が湧き上がり頭の中で一斉にしゃべりはじめるようになった。事あるごとに脳内で声は響き、払おうとわめいて癇癪を起こすという繰り返し。だが、小学校に入り、何かに没頭している間は声が聞こえないことに気づいた。以来、熊楠は声を静めるためにその並外れた好奇心で昆虫や植物を採取し、書物を読み漁り百科事典を書き写した。研究対象は星、キノコ、動植物、夢や男色にまで至った。
しかし商人の父に熊楠の学問を志したいという思いは伝わらない。熊楠は単身アメリカ、イギリスに渡り学問・研究を続けるが、なかなか日の目を見ない。帰国後も私生活は困窮と、親兄弟、妻・松枝ら家族との軋轢で一般的な幸せとはほど遠いものだった。
研究者でありながら、生涯特定の研究機関に属さず、己の力だけで学問を切り開いた南方熊楠を描く歴史小説。新種の粘菌の発見など大きな功績は知られるところだが、彼の生涯を通して見えてくるのは、知に対する貪欲さだ。森羅万象に好奇心を持ち、記録し続けた熊楠の破天荒な生き方に驚かされる。
(文藝春秋 2200円)