冲方丁(作家)
1月×日 コロナ禍の自粛生活で体重が増えた人が周囲に多い。かくいう私も、ろくに出歩かず、自宅で好きな物を食べ、好きなだけ酒を飲むうち、8キロ以上増えた。一張羅のスーツがきつくて着られなくなり、何年も無縁だったはずの腰痛が忍び寄ってきた。私は危機感を覚え、去年の冬に食事制限を始めた。ただし無理せず少しずつだ。急激なダイエットで体を壊した人がこれまた周囲に多く、心筋梗塞で死にかけたケースもある。
続けるこつは制限を解除するチートデーを持つことだ。好きな物を食べて満足した翌日から、また制限する。その繰り返しで私の体重はじわじわ減り、3カ月で6キロほど消えた。再び一張羅を身につけられるようになり、腰痛は遠ざかった。ちょっとスリムになった達成感に気をよくし、しばらく続けるつもりだ。
また体重だけでなく、自分が書く小説も少しスリムにせねばと考えるようになった。そのほうが日本人読者に好まれるからだ。ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」で知られるジョージ・R・R・マーティンの「氷と炎の歌」(早川書房 3190円)などは世界で話題になっても日本では売れない。北米で大ヒット中のレベッカ・ヤロス著「フォース・ウィング─第四騎竜団の戦姫─」(原島文世訳 早川書房 上・下各2090円)も同様で、個人的には死と官能の「ロマンタジー」を評判通り楽しめたが日本では一向に火がつかない。スティーヴン・キングには珍しいハードボイルドもの「ビリー・サマーズ」(白石朗訳 上・下各2970円)など、喜ぶのは主に私のような熱心なキングファンだろう。
売れない理由は翻訳ものだからではなく「分厚すぎて読むのに時間がかかるから」だそうだ。欧米では「本が厚くないと読者が損した気分になるので売れにくい」と聞くから完全に逆である。
そういうわけで今後はスリムな本を書くぞと決めた矢先、ある作品の文庫は600ページを超えてしまった。春頃に出す予定のものは分冊でページ総数が1200ページほどになる。現在優先して執筆している作品は原稿用紙1000枚を超えても終わらず、あるシリーズは10巻目に突入するが完結はまだまだ先だ。どうやらこれも無理せずこつこつスリムにしていくほかなさそうである。