女性のための官能小説指南で話題 作家・藍川京さんに聞く
読者の中には大変お世話になった人も多いだろう。女流官能作家の第一人者・藍川京氏は、四半世紀の間、めくるめく甘美かつ淫靡(いんび)な作品を世に送り出し続けている。その秘訣と裏話をつづったのが「女流官能小説の書き方」(幻冬舎 820円)である。我々の不埒(ふらち)な欲望を刺激し続けるコツはどこにあるのか、聞いてみた。
読者層も書き手も男性が多い官能小説界では、デビューしても、残るのはほんの一握りで、いつの間にか消えてしまう作家も少なくない。そんな中、デビューして25年間、第一線で独創的な淫猥(いんわい)の世界観を描き続けている著者が“官能小説指南本”を出した。
「正直、女流官能小説の書き方指南なんてない!と思いましたね(笑い)。小説はすべて感覚で、人さまに教えられるものじゃないから。ただ、女性の視点や感性は男性にも知ってほしいと思って、なんとか書き上げたんです」
女流官能作家がよく問われる質問があるという。
「『これは体験ですか?』ってね。そんなこと全部体験していたら大変ですよ(笑い)。そもそも私はSMをしたことがないし。もちろん体験も大切ですが、官能小説は妄想が9割5分。妄想をいかに膨らませて奥行きをもたらすか。小説は嘘だけど、その嘘をいかに“あり得る世界”として描けるか。あまりに嘘くさいと心が萎えちゃいますからね。必要なのは誰もが持っている〈やましさ〉や〈変態性欲〉だと思うんです」
■自分の変態性欲をさらけ出すのが官能小説家
人に言えない恥ずかしいことをさらけ出すのも官能作家に必須と説く。
「睦月影郎さんはニオイや唾液が好きだし、牧村僚さんは“太もも作家”といわれるほど太ももが好きでしょ(笑い)。その人が本質的に好きなモノ、生々しい性の嗜好をさらけ出さないと嘘っぽくなる気がしているんです」
では、自身の変態性欲をどう捉えているのか。
「私はSM的な感性が強いんです。高校生のときに読んだ男性受刑者の本で気づかされました。『女囚が裸にされて木にくくりつけられるという罰を受け、ちょうど生理になったために、太ももから経血が流れて、あわれだった』と書かれていて。私は激しい憤りを感じると同時に、妙に興奮してわいせつな気分になったんです。でもその感覚を友達には言えなかった。そのやましさや恥ずかしさが官能小説を書く上で大切な感性だと思っているんです」
卑猥さを出すために、性器の表現にもこまやかな気遣いをしているそうだ。
「大陰唇を“肉マンジュウ”、クリトリスを“肉のマメ”とカタカナで書くようにしました。以前は漢字でしたが、カタカナのほうがにじみ出て匂い立つような感覚があると思って。要は同じようなセックスでも、手を替え品を替えて書かなければいけませんからね。女性器の表現ひとつで、どの作家が書いたか分かるというコアな官能小説ファンの方もいるんですよ」
読者を興奮させるにはエネルギーも必要という。
「ハードなセックスシーンを書くのは心身ともに本当に疲れます。昔は天井から女性が吊るされるシーンを書きまくったけれど、今は疲れるから嫌なの(笑い)。しかも大量の作品を素早く書かなければいけないでしょ? 官能作家って実は過酷な肉体労働者なんですよ」
▽あいかわ・きょう 熊本県生まれ。高校卒業後、現代文芸研究所の田端信氏に小説の指導を受け、1989年、「卒業」(のちに「華宴」と改題)で作家デビュー。著書に「夜の宴」「梅雨の花」「いましめ」などの他、「流れて」などアンソロジーも数多く手がける。