著者のコラム一覧
大高宏雄映画ジャーナリスト

1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、(株)文化通信社に入社。同社特別編集委員、映画ジャーナリストとして、現在に至る。1992年からは独立系を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を発足し、主宰する。著書は「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など。

草彅剛「ミッドナイトスワン」アカデミー賞2冠 なぜ実現?

公開日: 更新日:

 先週発表された第44回日本アカデミー賞の受賞結果には驚いた。最優秀作品賞が「ミッドナイトスワン」、最優秀男優賞が同作品の草彅剛(46)だったからだ。

 全く予想外であった。理由としては年末からこれまでに発表された主要な映画賞で、「ミッドナイトスワン」の作品賞と主演男優賞のW受賞が一つもなかったことが大きい。それがなぜ日本アカデミー賞では実現となったのか。

 日本アカデミー賞の選考は推定5000人ともいわれる同協会会員の投票で行われる。この多人数だとそれ以前の映画賞で受賞機会の多かった作品や俳優に集中してしまうことが十分に考えられる。いわば、多人数の投票により、どうしても無難で平均化された結果が想定されるのだが、今回は他の映画賞の追随をせず独自性を出した。よくやったと思う。

 映画賞には、それぞれ個性がある。当たり前のことだが、意外に理解されていない気がしている。仮に年間を通して圧倒的に評価の高い作品があった場合、その1本の作品に偏ることはあるだろう。ただ多種多様な作品にスポットを当て、各映画賞の個性がより色濃く出るほうが好ましい。筆者はそう考える。

 映画は一つの評価軸で固まらない面白さがあり、それが大きな魅力ともいえる。ましてや組織体も異なり、選考する人や人数、選考の方法も千差万別の映画賞であるなら多彩であるほうが自然ではないか。投票だけの場合もあれば、絞り込んだ作品の何本かから特定の数人が議論を重ねて決めるケースもある。

■キネマ旬報ベスト・テンでは圏外の14位

 キネマ旬報ベスト・テンで「ミッドナイトスワン」は何と14位であった。歴史があり、多くのプロの映画評論家が参加する“キネ旬”では評価が割れたということだ。先述したように、評価の多様性こそ映画の本質でもあり、だからいろいろな評価や見方があっていい。

 そう頭では十分に理解しつつも、本音をいえば、14位という結果は残念であった。筆者は草彅の演技力が素晴らしいと思い、キネ旬の主演男優賞に挙げていた。そんな思いも強くあり、日本アカデミー賞の発表に接して、総合的な評価の高さに驚きを禁じ得なかったのである。

草彅圧巻の演技

 同作品は冒頭のワンシーンから、トランスジェンダー役である草彅の圧巻の演技が見る者の目をくぎ付けにする。彼が醸し出す画面の匂い、漂う気配がこれまで見たことがなかったくらい異色にして濃密であった。しかも、その持続力が部分的な描写で留まるのでなくラストまで続いた。

 それは果たして、彼の「演技」「演技力」などといった言葉で言い表していいのかどうか。その言い方さえ無効にするような圧巻の「存在感」であった。役になりきるというより、草彅剛という俳優が役ととことん向き合いうことで、ある境地を切りひらいた形容しがたい存在の高みではないのか。そこからは、人間の「切なさ」が非常な重みを伴って染み渡ってくるのだ。日本アカデミー賞はその点を高く評価し、作品賞にもつながったのだと思った。

■日本アカデミー賞に変革の兆し

 日本アカデミー賞の関係者がこんなことを話してくれた。「近年、会員メンバーが従事する仕事に変化の兆しが見られます。映画事業に携わる会員という原則は同じですが、所属する会社や組織が多様になってきて、今まで以上に投票の視野が広くなったように感じます」と。

 筆者はこれまで日本アカデミー賞に対して批判的な物言いもしてきたが変化がみられた以上は、ちゃんと発言しておきたい。むろん、日本アカデミー賞の今後の方向性ということになれば、いろいろ課題はあろう。

 一つ指摘しておけば、「スパイの妻 劇場版」「劇場」といった昨年を代表する作品が、テレビドラマ発や劇場公開と同時配信を実施したことで、候補にさえ挙がっていない点である。今後、劇場公開される配信作品とどのように向き合っていくか。映画賞を超えて業界全体の大きな課題の一つでもある。映画賞もそれと無関係ではありえない。

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