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大高宏雄映画ジャーナリスト

1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、(株)文化通信社に入社。同社特別編集委員、映画ジャーナリストとして、現在に至る。1992年からは独立系を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を発足し、主宰する。著書は「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など。

「ラーヤと龍の王国」興収1億円スタート Disney+に傾倒?

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 これは映画館の一種の分断状態だといっていいだろう。ディズニー作品「ラーヤと龍の王国」の上映館をめぐって、各興行会社は「上映」と「非上映」で対応が分かれた。

 本作は、龍とともに王国を守ろうとするラーヤの活躍を描く大型3DCGアニメーションだ。本来、このクラスのディズニー作品なら、優に400スクリーン以上で公開される(ちなみに「アナと雪の女王2」は900スクリーン弱)。それが「ラーヤ」の全国の上映は253スクリーンにとどまった。

■「Disney+」の配信 異例の同日展開

 なぜか。劇場公開だけでなく、同社の定額制動画ストリーミングサービス「Disney+」(別途プレミア アクセス料金が必要)での配信も3月5日同日に始まったことが大きい。映画界では、とりわけ全国公開規模の作品に関して、劇場公開から配信まで数カ月単位で日にちを空けるのが慣例だ。最近、その間隔が狭まりつつあるとはいえ、同時となると映画館の収益はどうなるか。いろいろな見方があり、上映と非上映に割れたのである。

 前段の話がある。「ラーヤ」の同時展開が決まったのは昨年末のことだ。その時点では、興行各社は上映の判断を決めかねていた。その時期が結構長く続き、3月5日の1カ月前になっても固まっていなかったのである。

■「ムーラン」で辛酸を嘗めた映画館

 映画館は昨年、配信のみになった「ムーラン」で痛い思いをした。同作品は公開延期が相次いだ。もちろん、米国をはじめとする新型コロナウイルスの影響だ。日本では公開に合わせて予告編をひんぱんに流した。それを見た方も多いだろうが、結果、「ムーラン」の劇場公開はなかった。予告編をはじめとする映画館の独自の宣伝展開は、いわば空打ちに終わったのである。

 これで興行側はディズニー作品に対して慎重になったところが多い。それが「ラーヤ」の二分化につながったと見ることができる。

 とても重要なことがある。映画は、映画館での宣伝が大きな効果をもつということだ。その最たるが予告編。映画を見る動機の上位に予告編があることはこれまでの観客リサーチで明らかになっている。映画館で新作の予告編に接することでその作品への鑑賞意欲をかきたてられる。映画と接する機会の多い人たちへのアプローチが、宣伝、興行ではとても大事なのだ。

 ある程度の期間を費やし、存分に労力を重ねて人々に作品を浸透させ、認知させていく。その過程の様々な取り組みが、映画の宣伝、マーケティングの要だ。予告編をひんぱんに流す映画館の役割は、その欠かせない大きな要素だといえる。

 配給会社にはシアターマーケティングという部署もある。そのような劇場での宣伝展開が、残念ながら「ラーヤ」ではあまり見られなかった。オープニング3日間で1億円に満たない興収は、そのことも影響したのだろう。ディズニー大作ではありえないスタートになった。

■劇場公開と配信 さらに複雑化

 米国のメジャー・スタジオの今後の方向性はまだわからない。とはいえ、明らかに配信への流れができているのは事実だ。映画館が主体であった映画の収益構造が変わってきたのである。ただ個別では、スタジオの方針や作品ごとにさまざまな形があるようにも見え、劇場公開と配信との兼ね合いが、より複雑化していくのではないか。

 この流れは日本の映画興行に多大な影響を与える。今年に限ったことなのか。コロナ収束後はどうなるのか。なかなか、先が読めない。

 危惧するのは劇場公開と配信の同時展開であれ、劇場公開から短期間になった配信形態であれ、映画の宣伝の役割、意味合いがどんどん希薄になっていくのではないかということだ。これまでは、あくまで劇場公開を最優先に宣伝が行われていたが、これからはその宣伝の及ぼす範囲が、配信にも広がっていく可能性が高い。

 いわば、両天秤だ。このような傾向が強まれば、従来型の映画宣伝(とくに映画館における宣伝など)の形も変わらざるをえないだろう。人々はそのように浸透していく作品を、どこで、どのように見るのか。あるいは、関心の度合いはどうなっていくのか。興行に対する配信の影響は大きいとして、映画の人々への伝播の仕方、それがどのような影響を与えていくのか。気になって仕方がない。「ラーヤ」の興行に、その一つの答えがあるのかもしれない。

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