「歌え若人達」編(下)山田太一は大島渚よりも、リアルな学生の気分を映し出そうとした

1963年1月6日に公開された木下恵介監督、山田太一脚本による「歌え若人達」。これは大学の寮で暮らす松川勉、川津祐介、三上真一郎、山本圭の学生4人を描いた青春群像劇。もとは山田太一が大学の同級生だった寺山修司が、篠田正浩監督の「夕陽に赤い俺の顔」(61年)で脚本家として迎えられ…
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