10代で何かに猛烈に心を奪われた経験をもつ人へ…中森明夫著「推す力」は上質な成長譚だ
■決意表明と呼びうる一冊
中森さんの新著『推す力』(集英社新書)は、副題に「人生をかけたアイドル論」とある通り、決意表明と呼びうる一冊だ。著者が11歳だった71年に16歳でデビューした南沙織を起点とする極私的アイドル論。2019年発表の小説『青い秋』も自伝的性格が強かったが、今回は新書とあって、固有名詞を駆使した体験談がふんだんに綴られる。平易な語り口からは著者の声が聞こえてくるようで、肩の凝らない読みものになっている。
いきなり第1章からぐいぐいと読ませる。伊勢志摩の漁村で酒屋を営む家庭の次男坊として生まれ育った著者が〈70年代前半の中学生男子のある日曜日〉という設定で切りとったあまやかなメモワール。登場するアイドルは、のちの大女優・原田美枝子だ。
テレビから『スター誕生』の萩本欽一の素っ頓狂な声が流れてくる茶の間。母親が運んでくる昼食を、少年は「うわっ。またサカナの煮付けだ!?」と忌避する。「黒々とした骨だらけのサカナ」が苦手な彼が、心のなかで「自分一人だけボンカレーでも作って食べよう」と悪態をつく場面はなんとも象徴的。日本、地方、家族、単調といった、若き日の著者が苦手としていたものが凝縮されているからだ。彼はほどなくして上京、退屈を捨て、刺激的な日々に猛スピードで突入していく。その手がかりを作ってくれたのはいつも女性アイドルだった。