10代で何かに猛烈に心を奪われた経験をもつ人へ…中森明夫著「推す力」は上質な成長譚だ
AKB48誕生の前夜、仕掛け人の秋元康氏から依頼されて秋葉原の小さな劇場に足を運んだ日の逸話がおもしろい。終演後に某アイドル系ライターと述べあった感想が全く違うことを解説しながら、「本物のアイドルおたく」と「所詮はアイドル評論家の私」の相違をあざやかに描いてみせるのである。
では「アイドルのファンに批評は必要ない」と言われ、「批判にさらされがち」な評論家の存在意義とは何か。著者の言いぶんは一点の曇りもない。曰く「批評家とは、ファンに向けて語るものではない。社会に向けて発信するものだ」と。どうだろう。これ以上なく明確、すがすがしいほどではないか。
還暦を過ぎた著者は〈おひとりさまシニア〉。「一度も結婚しなかった。妻も子供もいない。同棲したこともない。ずっと一人暮らし(中略)ああ、自分の人生って、いったい何だったんだろう」と述懐する瞬間もある。では母の作る煮魚よりボンカレーを選び、終夜営業の牛丼屋を友とする人生に後悔があるのか。それはない。なぜならアイドルを「推す」ということは──。この結論部分こそが中森明夫の決意表明であり真骨頂。アイドルに関心はなくとも、10代で何かに猛烈に心を奪われた経験をもつ人すべてにお勧めしたい、上質な成長譚である。
なお12月1日(金)に下北沢の本屋B&Bで『推す力』刊行記念の対談を中森さんと行います。お近くの方はぜひご来場ください。オンラインでも参加可能です。