藤あや子さんはデビュー10年で心折れかけ…秋田に帰るか迷っていた時に出合った歌

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猪俣公章「君は演歌歌手になれる」の一言

 その頃、秋田に歌謡学院ができて事務員として働いていました。校長先生がディック・ミネさんで、講師は猪俣公章先生です。その学院で生徒を募集してオーディションをやることになったのですが、生徒が集まらなくて私にサクラで歌ってというわけです。

 それで歌ったら私が優勝。審査員は猪俣先生です。その時はそれで終わったのですが、その後、先生にお会いした時に「民謡歌手を目指しているんだってね、でも、君は演歌歌手になれるから上京する気はないか」とスカウトされました。

 その時は「子供もいるから……」とお断りしましたが、数カ月後、先生から“レッスンビデオを発売するので、その生徒に”というお誘いがありました。飛行機のチケットが送られてきて、行ったら先生のレッスンを受けることができ、5万円いただけるという条件です。ラッキーと思いましたね。

 上京してレッスンを受け、先生と一緒にスタジオで収録……。そうこうしているうちに、先生が出ている「勝ち抜き歌謡天国」というNHKの番組にも出ることになって、優勝することができました。

 すぐにレコード会社やプロダクションからスカウトの電話がジャンジャンかかってきました。でも、まだ小さい子供がいるからとお断りしていたのですが、最後まで粘ったのがソニーレコードです。

 担当は松田聖子さんの生みの親といわれる若松宗雄プロデューサーです。とても情熱的なお手紙をいただいたり、田舎まで何度も足を運んでくれて説得されました。最後は根負けですね。出稼ぎという形をとらせてもらい、秋田にいて、仕事の時だけ上京するという条件で1987年に村勢真奈美の名前でデビューすることになりました。

 でも、ちょこっとテレビの仕事をし、キャンペーン活動をして、秋田に帰る。そんなことで歌がヒットするわけもなく、1年くらい悩んだ末に、また若松さんにご相談しました。本腰を入れて頑張ろうと思ってのことです。父が「子供は自分が面倒を見るから東京に行け。とにかくステージのセンター、中央に立て」と言ってくれた。その言葉で覚悟を決めることができました。

 そして若松さんから「日本一のプロダクションを紹介する」と言われ、事務所に挨拶をして。それが藤あや子のスタートです。

 ただ、当時はカラオケで歌われる歌がヒットするといわれた時代。「こころ酒」はヒットしたけれど、時代に流され、私としては一度も挑戦しないまま歌手を続けている思いでした。東京、大阪、名古屋の3カ月の劇場公演が続き、その間に何本もコンサートをこなす。そのあまりの過酷さに体調を崩して入院し、心が折れかけていました。

 その時がちょうど10年目(98年)。記念の曲をどうするかというので何曲か候補に挙がっていましたが、私は石本美由起先生に作詞していただいた「雪 深深」に決めていました。民謡で鍛えた声で歌うことができ、雪深い北国で生まれ育った私には憧れでもある歌でした。

 周囲からは反対されたんですよ。この歌を歌った方がいいと言ってくれたのは冬美さんだけでした。それで事務所の社長やスタッフが病院にお見舞いに来てくれた時に「雪 深深」を記念曲にしてほしいと懇願して歌うことになったんです。その時が挫折して田舎に帰るか、歌手を続けるかの分岐点でしたね。

 レコーディングの時は最初の高いキーそのままで歌って、ひっくり返るんじゃないかというくらいマックスの高音で歌いました。民謡の地声も限界というくらい高い声です。この歌は私にとっての集大成。コツコツと努力した結果を表すのに一番ふさわしい歌だと思っています。この年の紅白で歌うことができたのもいい思い出です。

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