(15)乗客との会話で“悲劇の人”を演じた自分にハッとした…今も胸に刻む初老の紳士の言葉
30分ほど静かに私の話に耳を傾けていたお客だったが、目的地が近づいてきたころ、穏やかな口調でこう言った。
「運転手さん。大変でしたね。でも倒産は突然ではなく、予兆があったはずですよね。ちょっと厳しいようだけど、それに気付かなかった専務の運転手さんにも責任がありますね」
その男性客は、私の語りの中に、責任を一方的に父親に押し付け、どこかで自分を「悲劇の人」に仕立て上げている空気を感じ取ったのだろう。思わずハッとするような言葉だった。降りるとき、彼は私にこう言った。
「覆水盆に返らずですが、その経験を今後に生かしていけばいい。あなたはまだ50代なのだから」
以来、ちょっと大げさな物言いになるが、私は彼の言葉を胸に刻んで仕事を続けてきた。「いつかもう一度会いたい」と願ったが、実現することはなかった。後になって「名刺をもらえばよかった」と悔やんだものだ。ドライバーとお客という「一期一会」には、ときに学びもある。