<第7回>白鵬らモンゴル人横綱の原点となった「公園の酒盛り」
彼らにとって、慰めとなったのが同郷力士との会話だ。当時は1部屋1人という外国人枠はなかったとはいえ、モンゴル人力士全盛期はまだ先の話。好んで彼らを入門させる部屋は少なく、自分以外は全員日本人というケースも珍しくなかった。彼らは無聊を慰めるために相撲部屋の多い両国の公園に集まり、互いにその日あったことなどを報告。稽古でこれだけ厳しくやられたなどと、愚痴をコボし合った。
フトコロのさみしい彼らにとって、居酒屋の宴会は高根の花。コンビニで缶ビールを買うカネすらない力士もいた。それでも酒を飲んで憂さを晴らしたい。モンゴルでは子供でも馬乳酒を飲む習慣があるから、なおさらだ。ある力士は部屋の冷蔵庫からこっそり、ビールを拝借。兄弟子のウイスキーを黙って持ち出したものもいる。
そうやって彼らは苦労を分かち、励まし合いながら切磋琢磨。後にこの中から白鵬、日馬富士、鶴竜の3人が横綱に出世するとは、彼ら自身、夢想だにしなかった。
(つづく)