千代の富士の横綱像とウルフスペシャルの由来「勝って騒がれる横綱になろう」
亡くなったアントニオ猪木さんが新しい技を披露したのは、1960年代後半だった。小学生の私たちは、すぐプロレスごっこで試した。前かがみにさせた相手の左足に自分の右足を絡め、左足を相手の首に掛け、左の脇で相手の右腕を背中側へひねり上げる。
すでに外国で使われていた技らしいが、日本では猪木の必殺技となり、名前を公募するというので私も応募した。コブラツイストの進化形だから「アントニオコブラ」。あえなく落選し、選ばれたのは「卍固め」、別名「アントニオスペシャル」だった。
それで、千代の富士が相手の頭を押さえつけて打つ左上手投げは「ウルフスペシャル」でどうかと思いつき、記者クラブで口走ったのを、スポーツ紙が記事に使ったのが最初だった。
千代の富士がこの技を多用したのは、目指す横綱像があったから。
「横綱は負けたら記事になる。オレは勝って騒がれる横綱になってやろうと思ってね」
■勝って「字になる」横綱に
下位力士との「力関係」で、決め技も想定する「余裕」があったのだが、豪快な必殺技と支度部屋で残す気の利いたひと言はマスコミも巻き込み、勝って「字になる」横綱になっていく。
ただ、押さえた相手の頭に足を掛け、左上手を離して相手の腕に絡めれば「卍固め」に似た形になるイメージ(左右が逆だが)もあったとはいえ、大事な技に思いつきで名前を付けたのかと怒られそうで、とうとう本人には黙ったままだった。