98年ベイスターズ日本一の立役者“ 史上最強助っ人”ローズと旧交を温めた横浜の夜
先のイベント終了後、横浜市内の焼き肉店でボビー、夫人、通訳、私と知人の5人で食事をした。
「こうして差し向かいで飲むのは2回目だね」
私が言うと、ボビーも1回目のことをよく覚えていた。そりゃ、そうだろう。ボビーが原因だったのだから。
■突然の引退宣言に…
横浜が38年ぶりの日本一になった翌年、99年の6月のことだ。開幕から絶好調だったボビーが突然、「野球を楽しめなくなった」とその年限りでの引退を表明したのだ。日本一に貢献しながら、単年契約。待遇への不満を抱えていた。当然、チームには動揺が走った。
直後の北海道遠征でボビーを食事に誘った。球団には事前に報告せず、ボビーと私の2人きり。厳密に言えば、通訳代わりに英語ができる私の娘に同席してもらった。そういえば、あのときも焼き肉店だった。
「選手もファンもみんながボビーと一緒にプレーすることを望んでいる。もちろん私もだ」