杉下茂さんを悼む 60歳で300ヤード、すべてにおいてスケールの大きい人だった
柔和な表情、穏やかな声音を思い出す。大先輩の杉下茂さんがお亡くなりになられた。享年97。「フォークの神様」と言われた現役時代に通算215勝、阪神と中日で監督も務められた偉大な野球人だが、あれほど優しい方もいなかった。
1978年から3年間は、巨人の投手コーチとして一緒に仕事をさせていただいた。特に思い出深いのは、「地獄の伊東キャンプ」と称される79年の秋季キャンプ。2年連続のV逸となる5位に終わったこの年、長嶋茂雄監督から「若手の体力と精神力を徹底的に鍛えろ」との命を受けたコーチ陣は、平均年齢23.7歳の投打の若手18人を少数精鋭でしごき上げた。杉下さんと私が担当した投手陣は江川卓、西本聖ら6人。参加した彼らが今でも、「思い出しただけで寒気がする」と言う猛練習を課した。陣頭指揮を任された私は当時、血気盛んな35歳。経験豊富な杉下さんの頭にはあるいは、別のやり方があったかもしれない。しかし、19歳も年の離れた私を「善ちゃんの思ったようにやったらいいよ」と立ててくれ、「大丈夫、間違ってない」と常に背中を押してくれた。上から目線は一切なし。実績のない若手にも噛んで含めるように話す杉下さんの柔らかな物腰に選手も救われたと思う。
後に聞いたことだが、その当時、私の女房にも「あなたのダンナはよくやってるよ」「善ちゃんには本当、助けられてるんだ」とことあるごとに言ってくださったとか。いまさらながら、そんな気遣いに感謝しかない。