僕に激昂した闘将・星野監督はトレーナー室のドアを蹴破らんばかりの勢いで入ってきて…
中日時代の「鉄拳制裁」の噂は本当か、というくらい、阪神1年目の星野仙一監督は穏やかだった。ただし、あの時だけは違った。
就任2年目の2003年春のキャンプ。始まったばかりの第2クールで足を痛め、リタイアした僕に、ついに「闘将」のカミナリが落とされたのだ。
トレーナー室のベッドに横たわりながら、治療を受けていると、星野監督がドアを蹴破らんばかりの勢いで入ってきた。驚く僕にこう言ったのだ。
「おまえ、ケガをするかどうかも分からんで練習やっとんのか!」
自分のコンディションを把握しないで、故障してしまったことを怒っていた。
「去年ちょっとええ成績だったからって、今年は活躍しないでええんか?」
「すみません! 今年も頑張りたいです」
そんな状態でも、星野監督はマスコミの前ではかばってくれた。オープン戦で復帰後、挽回しようと必死だった僕がヘッドスライディングをした時があった。