「山怪 山人が語る不思議な話」田中康弘著
日本各地の山や狩猟の現場を歩き回るフリーカメラマンの著者は、山で暮らすマタギから何かしら共通項のある不可思議な体験談を聞いてきた。民話にも昔話にもなりきれない数々のエピソードは、冬になれば雪に閉ざされる深い森に暮らす山人にとっていろり端で家族や子どもに繰り返し語られてきたものだったが、今や語る者さえ少なくなった。本書は、そんな消滅の危機にある民話の原石のような語りを集めたフィールドワークの集大成だ。
突然現れて突然消える謎の夜店、姿はないのに聞こえる足音、誰もいない森から聞こえるチェーンソーの音、見つけたはずの池の消滅、馴染みのある森での迷子、猟銃で撃っても死なない不死身の白鹿、真夜中に消えた村人など奇妙なエピソードが次々に語られる。野営地のテントの中で寝ていたところ、鬼の手に肩をわしづかみにされたという著者自身の体験談も興味深い。どの話も、山と生身で対峙した人間の自然への畏怖が満ちている。(山と溪谷社 1200円+税)