「もっと遠くへ」王貞治著
ホームランの魅力にとりつかれ、前人未到の記録を達成した球界のスーパースターが、野球ひと筋の半生を語る。
父・王仕福は中国の貧しい山村の出。若くして日本に出稼ぎに来て、墨田区で中華料理店「五十番」を開いた。末っ子の貞治は野球の才に恵まれ、中学生のとき入った地域のチームでは中学生離れしたサウスポーとして知られるようになっていた。
ある日、公園で試合をしていると、自転車で通りかかった見知らぬおじさんが言った。「ちょっと待って。坊や、左で打ってごらん」。「ハイッ」と言うと、14歳の貞治少年はいきなりパカーンと大きく打った。後に師匠となる荒川博との運命の出会いだった。
早稲田実業から巨人入りし、投手から打者に転向。しかしプロの世界は厳しく、「王、王、三振王」のヤジが飛んだ。折から打撃コーチに就任した荒川の自宅に通い詰め、特訓を受けて一本足打法にたどりつく。真剣でわら束を切るなどの特殊な練習で培った集中法を打撃に応用した。ホームランに開眼した王は、「意識のなかで、バットで球に切り込み、真っ二つにするイメージを持っていた」という。18.44メートルの距離を隔てて、打者と投手は命のやりとりをする。まさしく真剣勝負。