心揺さぶる評伝特集
変転する時代の風に吹かれながらも確固たる自分の世界を築けた人間と、そうでない人間の境目はどこにあるのか。丹念な取材を積み重ねて彼らの生涯に迫る評伝を読むと、日常に流されがちな私たちが見失った何かに気づかされることも多い。そこで今回は、それぞれの世界で一時代を担った4人の評伝をご紹介。この正月休みに世間の喧噪から離れて、芯を失わなかった男たちの人生を追体験してみてはいかが。
日本を代表する山岳写真家であり、高山蝶やアシナガバチの生態や雪形の研究分野でも注目を集めた田淵行男。自然を愛するナチュラリストとしていかに彼がその才能を発揮し、戦後の経済発展の陰で容赦なく行われた自然破壊をどれほど危惧していたか、その生涯をたどるのが「安曇野のナチュラリスト 田淵行男」(山と溪谷社 2600円+税)だ。
明治38年6月4日に鳥取で生まれた行男は、大山の南西の麓にある小さな山里で幼少時代を過ごした。「虫の日に生まれた」という自負を持つ行男は、虫や小鳥や周囲の木々など豊かな自然を遊び相手にする子だったが、4歳で母を亡くし、13歳で父を、14歳で継母を亡くすという悲しい体験をしている。