「食文化」をおいしく味わう本特集

公開日: 更新日:

 食に興味がない人が増えたという。食事はカップ麺で済ませ、金は他に費やす。これもひとつの「食文化」なのかもしれないが、あまりに貧弱すぎやしないか。先人たちが築いてきた食文化の豊かさを味わう本をいくつか紹介しよう。「食べることへの興味」が人間の幅を広げ、心を豊かにしてきたのだと気づくはずだ。

 和食の雄「天ぷら」が日本語ではなく、ポルトガル語というのは割と有名な話だ。ただし「temperar(調味する)」が語源ではあるが、料理自体はポルトガルが発祥の地ではないそうだ。となると、この料理はどこで生まれたのか?

 食べ物の言語を手掛かりに、言語学的かつ語源学的にアプローチし、料理の起源を探っていくのが「ペルシア王は『天ぷら』がお好き?」(早川書房 2200円)だ。著者はスタンフォード大学教授で、言語学者のダン・ジュラフスキー氏。

 この本の魅力のひとつは「歴史の大河を俯瞰する編」だ。例えば、冒頭の天ぷらの起源は、6世紀中頃のペルシア帝国にあったという。王であるホスロー1世の大好物が「シクバージ」という甘酸っぱい牛肉の煮込みだった。このシクバージはイスラム世界を席巻し、やがて船乗りを介して世界中に広がる。油で揚げてから保存がきくよう、酢やスパイスを使うようになる。そして船乗りは牛肉ではなく魚を使うようになった。

 シクバージはロンドンの街角へ着いたときにはユダヤ人の手によって「フィッシュアンドチップス」に、スペインではキリスト教徒が酢と玉ねぎをつける「エスカベーチェ」に、ペルーに渡るとライム果汁を搾る「セビーチェ」、そして日本ではイエズス会教徒たちが教えた南蛮料理の魚のフライが「天ぷら」となったというのだ。1000年近くの時を経て、ペルシア王の好物が名を変え進化しながら世界中に広まったわけだ。

 他にもケチャップやトースト、マカロニやマカロン、サラダの起源を巡る「言語の悠久な旅」を堪能できる。

 そしてもうひとつの魅力が「宣伝広告惹句の裏側編」だ。著者はインターネット上の食べ物に関する言語をデータベースとして活用し、心理学的な分析も行っている。これがまたなんとも面白い。

 高価格の飲食店と低価格飲食店では、メニューの言語にある傾向がみられる。

 高い店は地産食材(農場や地名)に言及し、長くて珍しい単語を使う。一方、安い店では品数が多く、単語は省略系で「お客さま」を頻繁に使う傾向があるそうだ。

 さらに、肯定的だが曖昧な「埋め草的な惹句」が増えると低価格になる傾向もあるとか。「濃厚な」「ザクザクした」「スパイシー」などの興味をそそる形容詞のほか、「本物の」「新鮮な」など状態への不安を払拭する言語は、高級店は使わないという。

 また、セックスやドラッグに関連する言葉はデザートやジャンクフードに多用され、ポテトチップスの宣伝文句は、高価な商品ほど「健康」をうたい、他製品を否定する言葉が多いそうだ。

 過去の壮大な歴史と、現在の膨大な情報。言語を基軸に、食文化をまったく異なる視点からひもといた、一冊で二度おいしい本である。

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    カブス鈴木誠也が電撃移籍秒読みか…《条件付きで了承するのでは》と関係者

  2. 2

    元横綱白鵬「相撲協会退職報道」で露呈したスカスカの人望…現状は《同じ一門からもかばう声なし》

  3. 3

    「白鵬米」プロデュースめぐる告発文書を入手!暴行に土下座強要、金銭まで要求の一部始終

  4. 4

    薬物疑惑浮上の広末涼子は“過剰摂取”だったのか…危なっかしい言動と錯乱状態のトリガー

  5. 5

    広末涼子容疑者「きもちくしてくれて」不倫騒動から2年弱の逮捕劇…前夫が懸念していた“心が壊れるとき”

  1. 6

    広末涼子“不倫ラブレター”の「きもちくしてくれて」がヤリ玉に…《一応早稲田だよな?》

  2. 7

    下半身醜聞ラッシュの最中に山下美夢有が「不可解な国内大会欠場」 …周囲ザワつく噂の真偽

  3. 8

    カブス鈴木誠也「夏の強さ」を育んだ『巨人の星』さながら実父の仰天スパルタ野球教育

  4. 9

    松田聖子は雑誌記事数32年間1位…誰にも負けない話題性と、揺るがぬトップの理由

  5. 10

    中居正広氏《ジャニーと似てる》白髪姿で再注目!50代が20代に性加害で結婚匂わせのおぞましさ