著者のコラム一覧
佐々涼子ノンフィクションライター

1968年生まれ。早稲田大学法学部卒業。2012年「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」で第10回集英社・開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊「紙つなげ!彼らが本の紙を造っている」でキノベス1位ほか8冠。

パイロットがつづった 書店で買える空想の空旅エッセー

公開日: 更新日:

「グッド・フライト、グッド・ナイト」マーク・ヴァンホーナッカー著 岡本由香子訳

 イギリスの航空会社、ブリティッシュ・エアウェイズのパイロットが空の旅の素晴らしさについて語ったエッセーである。空が彼の文体を作るのか、文体が彼に空を飛ばせたのか、美しい文章は、彼の操縦するボーイング747の周りを流れていく空と白い雲を連想させる。

 空から森や道路や、住宅地、学校、川を見下ろすと、平凡な日常が、いつもとちがう美しさを帯びて、つながっていると著者は語る。そして、世界を飛び回る彼は、数日のうちに、さまざまな場所へと移動するが、そのことに慣れることのない感性を持っていたいという。

「赤い大地に立ったこと、数日のうちに世界の別の大地に立つこと。ふと気づくと、アフリカの土を、休日の午後に家でひとり、スニーカーの底から落としていること。みずみずしい心を保っていれば、そのどれもが小さな奇跡なのだとわかる」

 また例えば、空特有の、道しるべについて彼はこう表現する。

「空を飛んでいると世界中に打たれた句読点またはアスタリスクを発見して愉快な気持ちになる」

 句読点というのはナブエイドのことで、電波を発する標識のことだ。パイロットはナブエイドと“ウェイポイント”をつないだルートに沿って飛行するという。

 ウェイポイントは経路上の位置情報で、一般的にアルファベット5文字の組み合わせで表される。このウェイポイントにはインド洋から西オーストラリアまで何百マイルも連なるポイントがあり、北からつなげて読むと「ワルツィング・マチルダ」の出だし部分になるそうだ。いったい誰が名付けたのだろう。次の空旅では、オーストラリア民謡のメロディーが頭の中で鳴り響くことだろう。

 本書は書店で買える、空想の空旅のチケットだ。一行ごとに、空に心をもっていかれ、飛行機に乗って旅しているときの、多幸感がよみがえる。夜寝る前にベッドの中で読むには最高の一冊だ。(早川書房 1800円+税)


【連載】ドキドキノンフィクション 365日

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大山悠輔が“巨人を蹴った”本当の理由…東京で新居探し説、阪神に抱くトラウマ、条件格差があっても残留のまさか

  2. 2

    大山悠輔逃し赤っ恥の巨人にOB評論家《良かった》 FA争奪戦まず1敗も…フラれたからこその大幸運

  3. 3

    悠仁さまの進学先に最適なのは東大ではなくやっぱり筑波大!キャンパス内の学生宿舎は安全性も高め

  4. 4

    過去最低視聴率は免れそうだが…NHK大河「光る君へ」はどこが失敗だったのか?

  5. 5

    八村塁が突然の監督&バスケ協会批判「爆弾発言」の真意…ホーバスHCとは以前から不仲説も

  1. 6

    《次の朝ドラの方が楽しみ》朝ドラ「あんぱん」の豪華キャストで「おむすび」ますます苦境に…

  2. 7

    国民民主党・玉木代表まだまだ続く女難…連合・芳野友子会長にもケジメを迫られる

  3. 8

    「人は40%の力しか出していない」米軍特殊部隊“伝説の男”が説く人間のリミッターの外し方

  4. 9

    瀬戸大也は“ビョーキ”衰えず…不倫夫をかばい続けた馬淵優佳もとうとう離婚を決意

  5. 10

    迫るマイナ保険証切り替え…政府広報ゴリ押し大失敗であふれる不安、後を絶たない大混乱