「拳の先」角田光代著
2012年の秋に、角田光代がボクシング小説「空の拳」を書いたときには驚いた。ボクシング雑誌に配属された新米編集者・那波田空也の目を通して描かれるので、試合を見に行っても、パンチが見えないのだ。
あまりにも速いから。ひゅんひゅん、という音だけがする。ガスン、パツンという肉を叩く音がする。選手の息づかいは聞こえる。飛び散る汗は見える。しかし、それだけ。アッパーが決まったんだと理解するのは、実際に目で見てから数秒後だ。
これまでボクシング小説は数多く書かれてきたが、こういうボクシングシーンを読むのは初めてだった。驚いたのはそれがとてもリアルだったからである。
あれから3年半。ようやく続編の登場だ。急いで書いておくが、内容的に続いているわけではないので厳密には続編ではない。前作を未読でも全然大丈夫なので手に取られたい。ボクシング雑誌は休刊し、空也は文芸部門に移動している。物語上でも3年たっているとの設定で、久々に鉄拳ボクシングジムを空也が訪ねるところから今回の幕が開く。
ボクサーのパンチの速さに空也の目がついていけないのは前作と同じだ。すとんと相手ボクサーが沈むので、「えっ、何があったの?」とびっくりする。まるで暗闇でライトを当てられたときのように、理解できる瞬間だけがぱっぱっと浮かび上がる。このリアルなボクシングシーンを今回も堪能されたい。(文藝春秋 2200円+税)