肩の凝らない時代小説特集
「高砂」宇江佐真理著
元材木仲買人の又兵衛は、商売を長男に譲り、女房のおいせと深川から日本橋に引っ越す。幼馴染みの孫右衛門が会所の住み込みの仕事を世話してくれたのだ。おいせは、又兵衛にとって4人目の女房だった。これまでの3人は姑や連れ子との関係がこじれ、又兵衛が追い出したのだ。しかし、幼馴染みのおいせと暮らすようになり、又兵衛はようやく本当の女房と巡り合ったような気になった。引っ越して10年、夫婦はすっかり町になくてはならない存在になった。そんなある日、夫婦は孫右衛門に頼まれ、酒乱の夫に悩む母子を会所に泊めることに。(「夫婦茶碗」)
昨秋、急逝した著者が市井に生きる男と女の機微を描いた連作人情時代小説。(祥伝社 640円+税)
「春は遠く」篠原景著
薬種問屋の次男・藍治郎は、家業に携わることなく、裕福な商人たちを相手に先見(占い)をして暮らしていた。実は藍治郎に先見の能力はないのだが、相手の頭の中のことは見えるので、誰にも打ち明けていないことを言い当てられた客は、藍治郎のことを信じてしまうのだ。
ある日、うわさを聞きつけ茶問屋の主・久右衛門が訪ねてくる。久右衛門は藍治郎の力を試しにきたようだ。何とかその場を取り繕った藍治郎は、久右衛門の頭の中をのぞいた折に気が付いた彼の後妻の甥・文吉の存在に興味を抱く。(「苔ふくらむ」)
女のように美しい容姿と、人の心を読む力を持つ藍治郎が、人々に生きる希望を与えていく連作短編集。(角川春樹事務所 680円+税)
「書物奉行、江戸を奔る!」福原俊彦著
幕府の御文庫を管理する書物奉行のかたわら、老中・田沼意次の密偵を務める辰之丞は、ある集まりで新左衛門と名乗る老人に声をかけられる。新左衛門もかつて書物奉行だったという。そんな中、辰之丞は意次に呼び出され、相次ぐ老旗本の死の真相を調べるよう命じられる。辰之丞に頼まれ、死人が出た屋敷について調べていた友人の文二郎が天狗の面をつけた男に襲われる。
一方、辰之丞は家重の密偵だった亡父の遺した書物に死んだ4人の老旗本とともに新左衛門の名が記されていたことを思い出す。記述によると彼らはいずれも吉宗の腹心だった。書物をこよなく愛する辰之丞が豊富な知識と鋭い推理で事件の真相に迫る時代青春活劇。
(朝日新聞出版 700円+税)
「からくり成敗」倉阪鬼一郎著
白昼、美濃赤羽根藩の大名行列の目の前で押し込み強盗が起きた。賊は藩士らを振り切り、逃走する。南町奉行隠密廻り同心の大河内は、被害に遭った骨董屋幸屋の生き残りのおいとを、配下の磯松と玖美兄妹が営む人形屋おもかげ堂に預ける。その夜、何者かがおいとの命を狙っておもかげ堂に侵入してきたが、もう一人の配下・千之助によって難を逃れる。千之助によると、幸屋を襲った咎人が捕まったが赤羽根藩士によって成敗されたという。事件の裏に怪しい影を感じる大河内は、磯松らと真相を探るため動き出す。
磯松と玖美によって命を吹き込まれたからくり人形や料理が事件の謎を解く江戸人情ミステリー。
(実業之日本社 593円+税)
「刺客が来る道」風野真知雄著
訳あって家族を連れて藩を飛び出し、江戸で浪人暮らしをする壮之助は、夜道で突然、命を狙われ、九死に一生を得る。返り討ちにした男は、壮之助がかつて仕えていた信夫藩の藩主が放った刺客と思われた。家族を守るため壮之助は、知り合った善天寺の和尚の紹介で江戸郊外にある寺の裏の一軒家に引っ越す。
藩の植物園の管理をしていた壮之助は、江戸で人気の万年青の新種を手掛け、糊口をしのぐ一方で、いつ来るともしれぬ新たな刺客に備え、剣の修練を続ける。そんなある日、園芸が趣味の和尚から新種の朝顔を預けられる。和尚はその朝顔が原因で命を狙われていると壮之助に助けを求める。
武士を捨て町人として生きる男の心情を描いた長編小説。
(光文社 580円+税)