著者のコラム一覧
佐々涼子ノンフィクションライター

1968年生まれ。早稲田大学法学部卒業。2012年「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」で第10回集英社・開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊「紙つなげ!彼らが本の紙を造っている」でキノベス1位ほか8冠。

ヒリヒリと感じられるむき出しの「生」

公開日: 更新日:

「外道クライマー」宮城公博著

 著者は沢ヤである。沢ヤとは、沢登りに異常なこだわりをもった偏屈な社会不適合者とある。この本は日本一の直瀑・那智の滝を登るシーンから始まっている。なぜ御神体であるこの滝に登っているかといえば、「日本一の滝が未踏のまま残っていたから」なんだそうだ。

 だが、当然のように、下にいる警官や神官からは「下りろ!」と拡声器でがなり立てられ、そして彼らは逮捕の憂き目にあう。

 私がこれを読んだのは、連休のよく晴れた日のことだ。こっちは暗い部屋で真面目に仕事中なのである。しかし著者は、終始ハイテンションで、野蛮なギャグを入れてくる。

 無謀な冒険魂の発露によって逮捕され、しかも、冒険へのこだわりを聞かされても、そこまで興味のない私は、「ごめん! ノリについていけない」と放り出したくなる。だが、そう思ったのも最初だけだ。

 次の章はタイののどかな藪漕ぎから始まるのだが、章が進むにつれて、冒険はとんでもないことになっていく。彼と仲間たちは台湾最強の渓谷チャーカンシー、冬季登攀では前人未踏、落差日本一の称名滝の登攀に挑戦する。

〈大西がトップで登攀を開始した。すると、突如として谷に轟音が鳴り響いた。一瞬で視界が変容する。目の前にいた3人の仲間が消えた。足場にしていた大岩が崩れ、ボーエン、ジャスミン、佐藤の3名が谷底に落ちた〉

〈突如、見上げていた空が真っ白になった。雪崩だ。拳大から人間の頭ぐらいはありそうな雪の塊が、背中とヘルメットに当たり、衝撃が伝わる。「駄目だ、吹っ飛ぶ」〉

 前人未踏の地がいかに難攻不落で、どれほど彼らが無謀で、そして、容易に人を寄せ付けない自然が、何と美しいかがわかってくる。

 登場人物が死にもの狂いで生きようとしないノンフィクションなんて、面白くない。私たちは生身の人間の、むき出しの「生」をヒリヒリと感じたくてノンフィクションを読むのだ。

 面白かった。もし自然がこの人を生かしておいてくれるなら、私は彼の冒険の続きが知りたい。(集英社インターナショナル 1600円+税)

【連載】ドキドキノンフィクション 365日

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    松本人志は「女性トラブル」で中居正広の相談に乗るも…電撃引退にショック隠しきれず復帰に悪影響

  2. 2

    中居正広はテレビ界でも浮いていた?「松本人志×霜月るな」のような“応援団”不在の深刻度

  3. 3

    べた褒めしたベッツが知らない、佐々木朗希"裏の顔”…自己中ぶりにロッテの先輩右腕がブチ切れの過去!

  4. 4

    フジテレビ労組80人から500人に爆増で労働環境改善なるか? 井上清華アナは23年10月に体調不良で7日連続欠席の激務

  5. 5

    ついに不動産バブル終焉か…「住宅ローン」金利上昇で中古マンションの価格下落が始まる

  1. 6

    露木茂アナウンス部長は言い放った「ブスは採りません」…美人ばかり集めたフジテレビの盛者必衰

  2. 7

    中居正広「華麗なる女性遍歴」とその裏にあるTV局との蜜月…ネットには「ジャニーさんの亡霊」の声も

  3. 8

    和田アキ子戦々恐々…カンニング竹山が「ご意見番」下剋上

  4. 9

    紀香&愛之助に生島ヒロシが助言 夫婦円満の秘訣は下半身

  5. 10

    フジテレビにジャニーズの呪縛…フジ・メディアHD金光修社長の元妻は旧ジャニーズ取締役というズブズブの関係