「励み場」青山文平著
青山文平の小説は、いつも刺激的だ。本書は、飢饉からの復興に尽力した功労者の人選に異議を唱える名主が現れ、調査のためにその村まで、勘定所に勤める普請役の伸郎が出掛けていく話である。それだけの話といっては乱暴すぎる要約かもしれないが、それがこれほど豊穣な話になるとは、想像を超えている。
異議を唱えた名主、久松加平との会話が随所に挿入されるが、まずこれがとても興味深い。たとえば、早稲がなぜ生まれたのか、という問いがある。弱者の戦いは籠城だ、という加平の言葉がその直前にあるのだが、そのためにいちばん大切なのは兵糧の確保だが、敵もそのことは知っているから取り入れよりも前に攻撃しようとする。となると、籠城という弱者の戦術が使えなくなる。
そこで栽培技術を改良し、早稲を作りだした、と加平は言うのである。さまざまな農書が書かれてきたのは、そういうふうに農業が庶民の暮らしに密接に関係していたからだと続いていくのは大変興味深い。
久松加平が本当に訴えたかったことは何か、という謎が物語の底を流れているので、どんどん引き込まれていく。その真実が最後に浮上してくるところが圧巻だ。
さらに、伸郎の妻智恵のドラマを絡めるという構成が素晴らしい。これまで読んだことのないような時代小説で、その新鮮さにひたすら驚いている。(角川春樹事務所 1600円+税)