「5歳の子どもにできそうでできないアート」スージー・ホッジ著 田中正之日本語版監修 藤村奈緒美ほか訳

公開日: 更新日:

 体をよじって自分の左脚にかじりつく毛むくじゃらの全裸の男性、脱ぎ捨てられたストッキングやコンドーム、ぬいぐるみなどが散乱するダブルベッド――何の説明もなく見せられたあなたは、これがアートだとすぐに受け入れることができるだろうか。

 本書は、発表当時は評論家に酷評された19世紀末以降の現代美術の傑作100作品を取り上げ、作品の背後にある思想や目的、作者の意図を明らかにしながら、それぞれの芸術家の想像力の源に迫る現代美術入門書。

 前述の全裸の男性はヴィト・アコンチ本人による「トレードマーク」(1970年)と題されたパフォーマンス。何もない展示空間に裸で座り、体のあちらこちらにかじりついてつけた歯形に印刷用のインクを塗り、紙に押すというもの。

 この作品でアコンチは、「現在の供給過剰な消費社会で商業的な習慣となっている、トレードマークによるブランディングについて考えると同時に、美術の伝統や、美術を提示する旧態依然とした方法を批判している」のだそうだ。

 一方のトレイシー・エミンによる「マイ・ベッド」(1998年、写真①)は、イギリスの権威ある賞の最終候補にもなり、論議を呼んだ作品。

 作品中に偶然性はひとつもなく、すべて綿密な計算のもとに構成されているそうだが、どの展覧会でも鑑賞者は態度を決めかね、矛盾した反応を示すという。

 1961年にピエロ・マンゾーニが作品として発表した「芸術家の糞」(写真②)というラベルが貼られた90個の缶詰は、ギャラリーで当時の金相場と同じ値段で発売されたという。これは「高騰する美術市場や芸術家を天才だと崇める風潮、消費主義社会、廃棄物問題」といったものをまとめて皮肉った作品なのだそうだ。

 他にも台所でリスが拳銃自殺したと思われる場面を作り出したマウリツィオ・カテランのインスタレーション作品「ビディビダビディブー」(1996年、写真③=なんとリスは本物の剥製)、ピピロッティ・リストによる淡いパステルカラーのパンティーやズロースでできた巨大なシャンデリア「マサチューセッツ・シャンデリア」(2010年、写真④)、キャンバスに裂け目だけを入れた作品で何世紀も保たれてきた絵画の平面性を打ち破ったルーチョ・フォンタナの「空間概念・待機」(表紙の作品 1960年)など。

 目の前に次々と現れる常識を覆す、理解不能な作品に戸惑いながらも、その解説を読み進めていくと、なるほどと、作品がまったく違う輝きを放ち始める。

 とっつきにくい現代アートの魅力を教えてくれる格好のガイド本。(東京美術 2300円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動