「世界の美しい名建築の図鑑」パトリック・ディロン著、スティーヴン・ビースティー画、藤村奈緒美訳
家を建てるのは一世一代の大事業。たとえウサギ小屋と揶揄されようが、その家の完成までには多くのドラマが繰り広げられる。同じように、いまでは観光スポットになっている世界各地の名建築にも、それを建てた王様や実業家、そして建築家らの熱い思いや、時代の空気、夢が込められている。
本書は、そんな世界の名建築中の名建築を精緻なイラストで紹介しながらその誕生までの物語をたどり、人間と建物の歴史を俯瞰する大人の絵本。
まず登場するのは、紀元前2650年に建てられたエジプトのジェセル王のピラミッド。
ジェセル王は、国土をアフリカからアラビアまで広げ、世界一の権力を手にして、民からは神とあがめられた。1000年後、5000年後まで自分の名が残ることを夢見たジェセル王は、遠くにそびえる山々を見て「山が死ぬことはない。岩や石が朽ち果てることもない」と自分の墓を石で築くよう、宰相イムホテプに命じる。そうして完成したのがピラミッドと神殿が組み合わされてできた複合体の構築物だった。続くファラオたちもジェセル王をまね、エジプトに次々とピラミッドが築かれた。
エジプトと交易をする商人が持ち帰ったファラオたちの神殿や宮殿の話を聞き、ギリシャの王たちも同じように宮殿を建てるようになり、アテネのアクロポリスの丘にも立派な神殿が並んだ。ひときわ立派だったのがアテネの守護神である知恵の女神アテナ・パルテノスに捧げた神殿だった。しかし、自由都市アテネは、ペルシャとの戦いで廃虚と化してしまう。神殿の再建に取り掛かった指導者ペリクレスは、新たなパルテノン(写真①)はアテネを象徴すべく完璧に均整がとれ、完璧に装飾されたものでなければならないと固く心に決め、高名な彫刻家フェイディアスに建物の設計と彫刻の制作を任せる。
帝国の拡大とともに各地にギリシャ風の古典様式の建物を建ててきたローマ人は、コンクリートを編み出し、建物にドーム屋根を造ることに成功。その最高傑作がトルコ・イスタンブールのハギア・ソフィア聖堂(532年=写真②)だ。
以後、中国の紫禁城やインドのタージマハル、そして今もレンガ造りでは世界一のアメリカのクライスラー・ビル、そして地球にやさしい建物を標榜し壁にわらのブロック(ストローベイル)を使って建てたロンドンの「ストローベイル・ハウス」(2001年=写真③)まで。5000年に及ぶ人類の建築史を一望する。
何よりも、建物を分解したり透視したりしながら、その構造と見どころを解説する折り込み式の大判イラストは、眺めているだけで楽しく、まさに大人の絵本そのもの。海外旅行の予習にもぴったりだ。
(エクスナレッジ 2800円+税)