「少林寺 Men Behind the Scenes II」大串祥子著
英国の名門パブリックスクールやドイツ連邦軍の兵役、コロンビア軍麻薬撲滅部隊など、秩序、ルール、制服、階級、不条理で固められた究極の男性社会の中に飛び込み、男性の美と謎を追ってきた女性カメラマンによるシリーズ初のアジア編。中国の名刹、少林武術で世界に知られる嵩山少林寺の武僧たちをテーマにした写真集だ。
寺の一日は、日も昇らぬ早朝、暗闇の中で始まる。下は10歳にも満たないであろう男の子をはじめ、どの武僧たちも、朝の読経に続き、講話を聴いているときや、お経の勉強、書の練習など、僧としての務めを果たしているときは、まだあどけなさが抜けない、どこにでもいる少年や青年に見える。
しかし、ひとたび武術の稽古が始まると、その表情は一変する。1対1で組み合う空中戦さながらの対練や、3人の呼吸がぴたりと重なる3人対練、バレリーナのように高い柱の上での片足静止、稽古は日が落ちた後の「闇練」まで続く。稽古中は、幼い小さな男の子たちも、一人前の武術家だ。
著者が「もっと下手な入門したての子」たちの撮影を希望すると、寺の関係者から「そんな人はいません。ここに来る前にそれなりの訓練なり稽古をした人ばかりだから」と言われたという。
少林寺がある河南省鄭州市登封には30を超える武術学校があり、全国から集まった子どもたちがひしめいている。才能や運、仏縁によって少林寺へと導かれてきた武僧たちは、そうした武術学校で学ぶ子らと決定的な違いがある。
武僧は「試合をしない」だ。仏の前に勝ち負けはなく、彼らの武術は殺気とは無縁の禅の体現なのだという。
武僧が「無」になったときに立ち現れる完璧な美をカメラに収める。一糸乱れぬ集団での演武、空中に静止しているかのようなアクロバチックな演武など、重力の存在を感じさせない彼らの驚くべき身体能力もさることながら、彼らが放つ圧倒的な気が、写真を通して見る者の体を射抜いていく。
ほぼすべての僧侶に武術の心得がある少林寺では、高僧や老僧たちも日々の訓練を欠かすことがない。「宗教界のCEO」と呼ばれ、中国では知らぬ者がいないという方丈・釋永信も例外ではない。
武を究めようとする人たちの日常は、鍛錬以外の時間でも、そのたたずまいや、生活の隅々までが、凛としており、すがすがしい。日々、一途に修行を重ねる武僧たちの無心の瞳の輝きが印象的な、知られざる世界を紙上体験する。(リブロアルテ 3600円+税)