ユダヤ人迫害をいち早く察知した“ピッピ”の生みの親
「リンドグレーンの戦争日記 1939─1945」アストリッド・リンドグレーン著、石井登志子訳 岩波書店 3400円+税
赤毛のツインテールで、顔はそばかすだらけ、そして長いくつ下をはいている世界一つよい女の子“ピッピ”。ご存じ、スウェーデンの児童文学作家、アストリッド・リンドグレーンの「長くつ下のピッピ」である。この作品はおよそ70以上の言語に翻訳され、100カ国以上で出版されているという、世界的ベストセラーだ。
この話は、1941年の冬、「あしながおじさん」を好きだった娘のカーリンが肺炎にかかって寝込んでいるとき、「長くつ下をはいている女の子のお話をつくって」とせがまれたのがきっかけだったという。
本書は、第2次世界大戦の勃発となる1939年9月1日のドイツ軍のポーランド侵攻から戦争が終結した1945年の大晦日まで、リンドグレーンが記した日記の全文を収めたもの。日記には家族や食料のことなども書かれてはいるが、主となるのは戦争のこと。新聞雑誌にこまめに目を通し、ドイツやイギリス、ソ連の動きを書き付ける。そこには自分たちが理不尽にも巻き込まれてしまったこの戦争で、いま何が起きているのかを正確に知ろうという強い意志がある。
しかもその情報の捉え方は極めて公正で正鵠(せいこく)を射ている。それは中立国というスウェーデンの立場もあるし、彼女が政府管轄の戦時手紙検閲局で勤務していたため普通よりは情報を得やすかったこともあるが、ユダヤ人に対する迫害をいち早く察知したり、国家と個人を峻別(しゅんべつ)して事の善悪を判断するという考え方は彼女自身が培ってきたものだろう。
日記の初めでは作家になる前の30代初めの2児の母親だった彼女が、やがて「長くつ下のピッピ」を生む作家となる過程をそこに読むこともできる。なにより、あのピッピの天衣無縫な自由さこそが、長い戦争の中でリンドグレーンが渇望していたものだということが、ひしひしと伝わってくる。 <狸>