最新漫画特集 大人が読んで楽しい5冊
「傘寿まり子」(1~5巻)おざわゆき著
世界各国で愛される日本の漫画。戦いや恋愛を描く少年・少女漫画ばかりではなく、大人も楽しませてくれるバラエティーに富んだジャンルがあるのも日本の漫画ならではだ。今回は、経済学から夫婦円満の秘訣、そして高齢者問題に至るまで、大人にこそ読んでほしい物語性や読みごたえたっぷりの5冊を紹介しよう。
傘寿というタイトルが示す通り、本書の主人公は80歳のまり子さんだ。しかし、お年寄りのほのぼのライフを描いた作品と思ったら大間違い。現代日本の高齢者問題が描かれた、時に切なく、しかし勇気を与えられる物語だ。
まり子は80歳のベテラン小説家で、死別した夫と共に建てた家で、息子夫婦と孫夫婦、そしてひ孫と同居している。一見すると幸福な80歳だが、一家の中に自分の居場所がなく、孤独感を感じていた。そんなとき、作家仲間で憧れの存在であった女性が、家族と同居する自宅の一室で“孤独死”してしまう。この出来事を機に、まり子は住み慣れた家を出て、ひとりで暮らしていくことを決意する。
しかし、そんなまり子に日本の社会は厳しかった。十分な収入があるにもかかわらず高齢者というだけで住居を借りることもできない。かといってホテル住まいは金がかかりすぎる。ついにまり子はネットカフェ暮らしを始めるが……。
高齢化社会の闇が描かれるとともに、一風変わった冒険物語の側面も持つ本作。日本のリアルな姿がここにある。
(講談社 各580円+税)
「ヘンテコノミクス」佐藤雅彦・菅俊一原作、高橋秀明画
2017年のノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授は“行動経済学”の権威。これは心理学などを応用し人間の経済行動を解明しようとする学問だが、文字だけで理解しようとするのは困難だ。そこで本書では、分かりやすい漫画で教えてくれている。
報酬が動機を阻害する「アンダーマイニング効果」に関する漫画には、悪ガキたちによる塀の落書きに悩むおじいさんが登場する。何度叱りつけても懲りない子供たちに、おじいさんは落書きをするたびに小遣いをあげることにする。しかし数日後、おじいさんは突然小遣いを中止に。すると、いたずらのための落書きがいつしか小遣い目的になっていた子供たちは、ぱったりと落書きをやめてしまい、おじいさんに平穏な暮らしが戻ってきた、というお話だ。
好きでしていた行動(内発的動機)に報酬(外発的動機)が与えられるとやる気がなくなる現象であり、過去に2度も国民栄誉賞の授与を辞退したイチローは、直感的にアンダーマイニング効果を知っていたのかもしれないと本書。今が旬の行動経済学を知りたいあなたにおすすめだ。
(マガジンハウス 1500円+税)
「妻は他人」さわぐちけいすけ著
ツイッターに投稿され、28万人以上が“いいね”をした、夫婦仲を円満に保つ秘訣が詰まった漫画の書籍化である。
著者と妻は結婚して4年、付き合ってから数えると7年が経つが、友人たちからは「いつも仲がいいのは何か秘訣があるのか?」とたびたび聞かれるほど円満。ケンカをしたこともないそうだ。
とはいえ、ふたりの関係は決してベタベタしたものではない。何しろ、毎日の献立は別々。それぞれが食べたいときに食べたいものを自分で作って食べるという。干渉しすぎず、程よい距離間で生活している様子がうかがえる。
ならば、夫婦仲を保つ秘訣は何なのか。著者はそれを「妻は他人である」ということを絶対に忘れないことだという。これは「他人行儀になれ」ということではなく、長く関わる特別な他人だからこそ礼節を重んじて丁寧に接しようということ。そうすれば、日々の気遣いにも感謝の気持ちが湧いてくるというものだ。
「相手が妻(夫)だから○○を要求する権利がある」という考え方を捨てれば、夫婦は円満に暮らすことができることを教えられる。
(KADOKAWA 1000円+税)
「ルーヴルの猫」(上・下)松本大洋著
2016年に開催されたルーヴル美術館監修の特別展示「ルーヴル№9~漫画、9番目の芸術~」。フランス語圏の漫画「バンド・デシネ」と日本の漫画家たちによって描かれたルーヴル美術館をめぐる作品が展示されたが、この企画と連動してスタートした連載漫画が本書だ。
物語は、ルーヴル美術館で働くガイドのセシルのシーンから始まる。彼女は、何度も繰り返してきた「モナ・リザの肖像」の解説に嫌気が差し始めていた。そんなとき、客たちの足元でこちらを見ている一匹の白猫に気づく。なぜ美術館の中に猫がいるのか。ある夜、ルーヴル美術館の新人警備員であるパトリックは、年老いた警備員のマルセルから、幼い頃にルーヴル美術館の中で忽然と消えてしまった姉の話を聞かされ……。
「ピンポン」や「鉄コン筋クリート」などの人気マンガで知られる著者ならではの、細部にまでこだわった画風は本作でも健在。そして童話の登場人物のような魅力的なキャラクターたちが、ルーヴル美術館を舞台に不思議な世界観を形作っている。漫画好きにも美術好きにもおすすめだ。
(小学館 各1296円+税)
「サトコとナダ 1巻」ユペチカ著、西森マリー監修
主人公のサトコは大学生。留学先のアメリカでルームシェアをすることになり、アメリカ人と仲良く暮らしていけるか緊張していると、そこに現れたのは何とサウジアラビア人のナダ。衝撃の出会いから始まった異文化交流を通して、イスラム教やムスリムへの理解が深まっていく、という物語だ。
ナダは、男性がいる場所では目以外の顔と髪をすっぽりと覆うニカブを着用している。
しかし、サトコと暮らす部屋でニカブを脱ぎ捨てれば、オシャレ好きで女子会で大はしゃぎする普通の女の子だ。
ムスリムの決まりごとを知るにつけ、サトコは窮屈ではないのかと疑問を抱くこともある。しかし、ナダ自身は実に前向きにシンプルに考えている。ニカブの着用をはじめ、モスクで男女が分けられているのも、美しい女性がいると男性の気が散ってしまうから。決して男尊女卑の意味はないと言う。
どんなルールにも理由があり、それを知るとものの見方も変わってくる。違いを認めて尊重することで、世界が広がっていくことを教えてくれる作品だ。
(星海社 640円+税)