高齢者の運転能力の過信が重大事故に
高齢者による交通事故のニュースが世間を騒がせている。所正文他著「高齢ドライバー」(文藝春秋 830円)では、交通心理学者や神経内科医など各分野の専門家が、高齢ドライバー激増時代に克服されるべき課題について分析している。
まずは、高齢者には事故を起こしやすい特性が表れてくる事実をしっかりと理解する必要がある。例えば、動く対象への反応に関わる動体視力は、40代を過ぎる頃から急激に下降し、高齢者の場合は対象物の移動速度が速いほど認識が難しくなってくる。暗いところで物が見え始める順応力、つまり暗順応も低下する。夜間視力の低下も進み、20代で平均0・8の夜間視力が、60代では半分の0・4まで低下する。照明のサポートにより室内では気づきにくいが、トンネルに入ったときや夕暮れどきの運転は非常に危険な状態となる。
さらに、若年層では左右90度の範囲で見えていた視野が、65歳を過ぎると60度まで狭まる。高齢ドライバーの典型的な事故として交差点での出合い頭衝突があるが、これは左右の確認を行っても視野の狭まりで見落としが生じてしまうことから起こるものだという。
認知機能の低下も運転に大きな影響を与える。赤信号で交差点に進入する者の割合は、認知機能低下者で2割多く、一時停止忘れは3割、注意を向けた方向にハンドルを向けてしまうなど不適切運転も3割多くなるというデータがある。さらに興味深いのが、「自分の運転テクニックなら危険を回避できる」と答えた人の割合が、40代で10・5%、50代で17・5%であるのに対し、75歳以上では52・5%という調査結果。自身の運転能力への過信と身体能力低下のズレが、重大事故へとつながっているのだ。
一方で、車がなければ買い物や通院ができなくなる地域も少なくない。本書では、乗降場所や時間など利用者の要望に応える「デマンド交通システム」を取り入れながら、免許証の自主返納を促進している自治体の取り組みなども紹介。運転は高齢者にとって自己の尊厳にも関わるため、運転断念後のメンタルケアを強化している事例なども取り上げている。すべての人間が年を取る。社会全体で取り組まなければならない問題だ。