東アジア版移動文学論が切り開く可能性
「外地巡礼『越境的』日本語文学論」 西成彦著/みすず書房 4200円+税
「外地」とは、一般には日本がかつて領有していた朝鮮・台湾・樺太(サハリン)・南洋群島などを指す言葉で、対義語は「内地」だ。ただし、北海道や沖縄では本州を「内地」と呼ぶこともあり、単に植民地と本国とを区別する以上の広い射程を持つ言葉である。
本書は、「外地の日本語文学」をキーワードとして、従来の「日本文学」という枠では捉えきれない「日本語文学」の過去と未来を展望したユニークな文学史である。著者はまた、移民・難民・亡命者の文学が前面に押し出されてきた20世紀の文学を「移動文学」と呼び、その視点からイディッシュ文学、東欧文学などを論じてきたが、日本語の文学を中心に据えた本書は、東アジア版移動文学論ともいえるだろう。
ここで取り上げられているのは、森鴎外「舞姫」、陳千武「猟女犯」、鶴田知也「コシャマイン記」、津島佑子「ジャッカ・ドフニ」、リービ英雄「模範郷」、温又柔「你不明白 あなたは知らない」、李良枝「由熙」、佐藤春夫「霧社」、横光利一「上海」、石川達三「蒼氓」、目取真俊「群蝶の木」、後藤明生「挟み撃ち」……これら新旧取り混ぜた作家や作品の名前を見るだけでも、本書が捉えようとしている「日本語文学」の裾野の広さがわかるだろう。また、近年著者が精力的に論じている日系ブラジル移民文学の論考も収められており、その視線ははるか太平洋を越えて、南半球をも見据えている。
こうした著者の越境的な日本語文学論は、ドイツ語と日本語を往還して作家活動をしている多和田葉子、世界文学を提唱する沼野充義、クレオール主義を掲げる今福龍太らの仕事とも共鳴しており、21世紀における日本(語)文学の新たなる可能性を示している。