「隣人、それから。38度線の北」初沢亜利著
今、世界中の注目を集めながら、多くの人にとっていまだに未知の国である北朝鮮の人々の暮らしを撮影した写真集。2010年からこれまで7度にわたって北朝鮮を訪問してきた著者が、6年前に出版した前作の続編である。
著者によると、前作が出版された翌年の2013年から北朝鮮では急速に変化が起きているという。
かつては北京から乗り込んだ飛行機内でカメラを構えようものなら客室乗務員が飛んできて撮影を止められた。
しかし、今回は機内で客室乗務員を正面から撮影しても何も言われず、かつては人民服を着た男たちばかりだった客席では、富裕層の女性たちが楽しそうに談笑している姿が見られた。
外国人旅行者と見間違えるような服装の彼女たちの胸元を確かめると、例の金日成バッジがあったという。
電力不足のために交差点の真ん中で信号機に代わり手旗信号を振っていた平壌名物の女性たちは、路肩に追いやられ、かつてはカメラに露骨に嫌な顔を向けていた彼女たちも、にこやかに撮影に応じる(写真①)。そして彼女たちに代わって、ピカピカのパトカーが街中を走り回り、交通を取り締まっている。
地方都市でも新車のタクシーを見かけ、驚くことに高速道路では日本やドイツの高級車まで走っている。
金正恩委員長が夫人と腕を組んで歩く姿がテレビでたびたび伝えられる影響か、政権が安定期に入って変化したことのひとつは、昼間から人前でいちゃついている若いカップル(写真②)を見かけるようになったことだという。肩に手を回しスマホで記念撮影するカップルや、ビールを飲みながら頬を寄せ合って話をしているカップルなど、私たちが抱いているイメージを覆すような写真が並ぶ。
さらに、ビリヤードに興じる男たちや、家族連れでにぎわうプール、そしてモノにあふれたスーパーマーケットなど、平壌の日常生活からは伝え聞く貧困さは感じられない。
かつてはホテルの周辺をうろついていた浮浪児たちも、金委員長の指示で造られた孤児院に収容され、見かけなくなったという。
一方で、地方での写真には生活の厳しさがいや応なく写り込む(写真③)。しかし、通訳を兼ねる案内人が始終密着しているため、庶民の家の中に立ち入り、撮影することまでは許されない。著者は街並みを撮影しながら、そこで営まれている人々の暮らしに思いを馳せる。
案内人によって被写体を制限されての撮影ではあるが、作品からはかの国で起きている変化を確かに感じられる。本書のキャッチコピーに「違和感を探すか? 共感を求めるか?」とあるように、見る人の価値観によってどちらの立場からも見ることができるだろう。しかし、そこに写っているのはまぎれもなく私たちと同じ時代を生きている隣人であり、戦争の可能性が低くなったことをまずはともあれ評価したくなる。
(徳間書店 3000円+税)