「『ふつうのおんなの子』のちから」中村桂子著
いつの頃からか、日本を軍隊を持つ「ふつうの国」にしようという声が強まってきた。どうやら、憲法によって戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認を規定している日本は「ふつう」じゃないと考える人がいて、現在政権のトップにいる人たちも同じ考えのようだ。しかし、生命誌という、生命の起源以来約40億年の歴史を読み解く学問を研究している著者がいう「ふつう」は、彼らの「ふつう」とは大きくちがう。
本書でいう「ふつう」とは、やたらに権力を求めたり、過剰な競争をしたり、差別意識が強かったりせずに、一人一人があるがままを楽しむ、そういう生き方を指す。もうひとつ大事なのは「おんなの子」の考え方。この「おんなの子」の考えとは年齢や性別とは関係なく(年寄りや男性も含まれる)、生きものとしての自分を見つめることによって見えてくるもの。それがどんなものかは、「あしながおじさん」のジュディ、「長くつ下のピッピ」のピッピ、「若草物語」のジョー、「小公女」のセーラ、「赤毛のアン」のアン……といった著者が幼い頃から読んできた物語の登場人物が示してくれる。そこからは、これまでの「男らしさ」を物差しとした社会とはちがう、おんなの子の特性を生かした日常の暮らしに根差すような社会のあり方が立ち現れてくる。
やさしい語り口だが、その底には著者が幼い頃に体験した戦争と飢えの記憶がしっかりと根を張り、いつのまにか「ふつう」の生き方から離れてしまった私たちの暮らしの危うさに対する強い危機感がある。同時に、科学者と生活者の目を通して、物語を読む楽しさ、自前でものを考えることの喜びも教えてくれる。読んだ後には不思議と元気が湧いてくる、とてもすてきな自伝的エッセー。 <狸>
(集英社クリエイティブ 1500円+税)