「時代」本城雅人氏
平成が来年4月末で終わる。「たった30年」と捉えるか、「激動で濃密な30年」と振り返るか。
本書は、昭和から平成にかけて、同じ職に就いた父と息子たちのそれぞれの物語である。伝統ある家業を継ぐ跡取りが一子相伝の技を競うという重苦しい父子愛ではない。実にさりげなく程よい距離で今どきの父子像を描く。
「昔と違って、親の背中を子供が追いかける時代じゃないし、今の親は『子供は自分のようにはなりたくないだろうな』と思いますよね。恩着せがましく教えて、『俺の背中を見ろ』なんて言えませんし、同じ仕事に就いてほしいとも思っていない。それでも子供が自分と同じ道を選んで、自分が教えてもいないことをやってくれたら感動するだろうなと思って。といっても当初は、父子を描こうとはまったく思っていなかったんです」
初めは短編で、スポーツ新聞社の記者以外の職種を描こうと、執筆を始めたという。
第1、第2話の主人公は2児の父・笠間哲治。野球部記者として13年勤めたが突然、即売部に異動となり、戸惑いながらも使命感に燃えていく。社運がかかった窮地を救った後で、衝撃の展開を迎える。
「僕自身、20年間、新聞社にいましたが、即売の仕事をまったく知らなかった。駅の売店を回り、百数十円の売り上げに悪戦苦闘する。しかも通勤時間帯の1時間が勝負。記者とはまったく違う時間で動くし、記者以上に数字や時間にシビアな世界で、取材して驚きました」
第3話から第5話は昨年、本紙で連載した「奪還」「使者」「蹉跌」だ。笠間哲治の長男・翔馬が主人公で、哲治とは同業他社に就職。記者志望だったが、不本意にも即売部に配置されたところから始まる。
結婚後、野球部の名物記者となるも、ライバル社の名物記者だった父の存在を意識させられることになる。
「連作にするつもりはなかったので、退路を断つ感じで書いてきたんですよね。ところが、長男の物語を終えた時点で、こうなったら次男も出さないと成立しないぞと。次男・翼に『この小説が一冊になって日の目を見れるかどうか』がかかっていたわけで(笑い)。かなり苦しかったです」
それもそのはず、第6話から第8話までの主人公・次男の翼は新聞記者に向くタイプではないからだ。それでも平成後期の若者の仕事観にはリアリティーがあり、新聞記者の矜持が芽生えていく過程の描写には説得力がある。最終話では父子3人を知る男・伊場克之の存在が浮かび上がる。かつて笠間哲治の同期だった男だ。
「書き終えた時にタイトルが浮かびました。ちょうど元号が変わることが決まった時でしたし、平成というひとつの時代を駆け抜けてきた父子の姿を描けたと思います。僕は最初からプロットを複雑に立てるタイプではありません。人生も小説も思い通りにはならないでしょ? だから書き終えて初めて感じることも多いんです。たった30年間でも、仕事への向き合い方やツールも異なる。自分とは違う時代を生きる息子たちに感心したであろう父・哲治の気分ですよ。だから、この小説は今の時代のお父さんに読んでほしいですね」
活字離れにメディア離れが叫ばれてきた平成に、新聞という紙媒体を舞台にした意気込みは伝わる。
「情報発信の方法が変わっても、やってることは変わらない。目で見て感動したことや驚いたことを早く正確に、そして真実を伝える。その積み重ねが新聞記者の仕事ですから」
(講談社 1750円)
▽ほんじょう・まさと 1965年、神奈川県生まれ。明治学院大学卒業。産経新聞社入社後、浦和総局勤務を経て、サンケイスポーツで記者として活躍。退職後、2009年に作家デビュー。「ノウバディノウズ」は松本清張賞候補となり、サムライジャパン野球文学賞を受賞。「ミッドナイト・ジャーナル」は吉川英治文学新人賞を受賞、テレビドラマ化された。新聞業界の人間模様を緻密に描く作品を多数刊行。