「雨上がりの川」森沢明夫氏

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 魅力的な登場人物たちが織りなす温かな人間模様から、読者が改めて自分の人生を振り返り、身近な幸せに気づく。そんな小説を数多く手がけてきた著者の最新作である。

「以前知人から、奥さんがスピリチュアルに傾倒し、旦那さんとお子さんが置き去り状態になっている家族がいるという話を聞いたことがありました。そのとき僕は、なぜ奥さんがそこまでスピリチュアルにのめり込んだのか、その背景にある理由を知りたいと思った。人間の行動には、それがいいことでも悪いことでも必ず理由がある。事象だけに気を取られるのではなく、その背景にこそ思いを馳せるべきだと思うんです」

 主人公は、ビジネス誌の編集者である川合淳。妻の杏子と中学生のひとり娘の春香と3人家族で、平凡ながらも幸せな暮らしを送ってきたはずだった。しかし、ある出来事がきっかけで状況は一変する。春香が学校で、顔にケガまでさせられるいじめに遭い、不登校になってしまったのだ。淳は学校に出向いて抗議するものの、のらりくらりとかわされるだけ。杏子は何とかして娘を救いたいという一心から、紫音という怪しげな霊能者に傾倒していく。

「想像力を持つことの大切さを作品に込めた」と著者は言う。

 春香が猫アレルギーにもかかわらず幸せの使者だという黒猫を拾ってきたり、浄化のためと言いせっせと岩塩を砕いて湯船に溶かすなど、どんどんおかしくなっていく妻の行動に悩む淳。自宅マンションの下を流れる川でいつも釣りをしている老人と知り合い、わらにもすがる思いで相談を持ちかける。宮崎千太郎というその老人は、かつて心理学の教授として大学で教壇に立っていたことがある人物だった。

 しかし、事態は悪化するばかりで、ついには春香までもが紫音に興味を示し、親密な関係になっていく。

 推理小説のように、深い層に伏線がちりばめられている。不穏な空気が漂う中、どんどん物語に引きつけられていくのは、登場人物の背景が丁寧に描かれているからだろう。やがて、怪しい霊視で杏子をとりこにしていた紫音の過去も明らかになっていく。

「人間関係に生じる摩擦の根本にあるものは、想像力の欠如であると僕は思っています。無駄を排除して効率化を求める風潮が、日本人の想像力を失わせているのかもしれません。しかし、想像力がないと物事は好転しないし、何も生まない。会社で不祥事が起きたときも、家庭で妻の機嫌が悪いときも、その事象だけを見てけしからんと思うのではなく、なぜそうなってしまったのかを考えなければ解決は望めません」

 紫音を慕う春香は、ついには紫音さながらの霊能者のような発言を繰り返すようになる。バラバラになった家族の運命は……。待ち受けるのは、爽やかなどんでん返し。読者は幸せな笑顔に包まれるはずだ。

「自分に嫌な思いをさせた相手がいたとしても、憎んだり恨んだりする前に、まずはそんなことをした相手の事情に思考を向けて欲しい。もちろん、やったことは消えないし許すことはできないかもしれません。しかし、“こんな事情があったからあんなことをしたのだ”と分かると、自分が少しだけ救われると思うんです。想像力を駆使すれば物事や人の見方も変わり、人生が今よりも素敵になるはずです」

 家族の再生という重いテーマであるにもかかわらず、心がホッコリとして、読後感は実に気持ちいい。以前の自分よりも少し優しくなれる家族小説だ。

(幻冬舎 1600円+税)

▽もりさわ・あきお 1969年、千葉県生まれ。早稲田大学人間科学部卒業。2007年「海を抱いたビー玉 」で小説家デビュー。日韓でベストセラーとなった「虹の岬の喫茶店 」が吉永小百合主演映画「ふしぎな岬の物語」となったほか、高倉健主演「あなたへ」など話題の映画やドラマの原作を数多く手がける。

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