「一緒にお墓に入ろう」江上剛氏
金融やビジネスの世界を描いてきた著者が、今作でテーマにしたのは「お墓」。主人公の大谷俊哉は大手銀行で順調に出世してきた、63歳の常務だ。家庭はそれなりに円満だが、10年来の愛人がいた。妻とその愛人の間で、お墓を媒介に右往左往が始まる。読みやすい筆致でつづられた小説だ。
「近頃、大学の同級生など仲間で集まると、病気かお墓の話ばっかりなので(笑い)、これを題材にしない手はないと思ったんです。本書にも、大谷が同窓の飲み会に出席するシーンが出てきます。ひとりが、熟年離婚して『一緒にお墓に入ってもいいのよ』と言ってくれた若い元部下と暮らしていると言うと、義父母の介護に疲れた女性の同級生は『そんなの、浮気の正当化に過ぎない』と怒りをあらわにするんですね。フィクションですが、リアルに聞いた話もばっちりヒントになっています」
物語は、兵庫県丹波にある、大谷の実家の母が死んだところから始まる。家族葬を営んだ。遺骨を誰が引き取るのか。地元で暮らす妹に「墓を守るのは長男の役目」と突っぱねられ、大谷が東京の自宅で預かることになった。帰京する新幹線の中で、妻に「私はあなたの実家のお墓に入らない」「田舎のお墓なんか、絶対に嫌」と宣言される。
東京駅から骨壷を持って直行した愛人の家で、温かく迎えられた大谷は、勢いで「ああ、おまえしかいない。一緒に墓に入ってくれ」と愛人に言ってしまう。そこから、順風満帆だった人生が、少しずつ狂い始めるのだ。
「僕の田舎では、子供の頃、人が亡くなると、父親たちがお墓を掘りに行き、新しい人を入れるスペースを作りました。故人に、親族みんなで死化粧を施し、座棺に入れ、お坊さんを先頭に行列を組んで、その墓地まで歩いたものです。一族のお墓に入るのが当たり前だったわけですが、お葬式も変わったけど、お墓への考え方も変わりましたよね。特に女性には、『家』と結び付いたお墓は非合理的で、煩わしいと思う人が増えているようです。大谷は、その問題をいきなり突きつけられ、そこに愛人が絡んでくるんです」
読めば、昨今のお墓事情や、購入についてのノウハウも得られる。「横浜の海が見える高台のお墓」にひとりで入りたいと口にしていた横浜出身の妻だが、田舎のお墓を移転させ、郊外の霊園に家族で入るのがいいと徐々に気が変わる。
一方で、大谷が言ってしまった「一緒にお墓に入ろう」という言葉を真に受けた愛人が探してきたのも、偶然に妻が気に入ったのと同じ霊園。おまけに、その霊園は、詐欺だった。
次に息子が勧める、都心ではやっている新型の納骨堂を夫婦で見学に行くのだが、愛人の反乱などが起き、状況は目まぐるしく変わる……。
「都心の納骨堂に取材に行って、びっくりしました。まるで立体駐車場じゃないかと。倉庫みたいに骨壷を入れた厨子(箱)が保管されていて、カードをかざすと、参拝スペースに運ばれてくる形式だから。最初のうちはピンときませんでしたが、これから先は、結婚しないとか、結婚していても子供がいないとかの方が増えていくことを考えると、合理的だなあとも考えるようになりましたね。もっとも、物語では、そういった今様のお墓の形式だけでなく、大谷自身の“居場所”の変化を映し出しました。他人事でないと思って読んでいただけると思います」
銀行出身の著者だからこその業界の裏話や最新事情もふんだんに織り込まれ、お墓に悩む人も悩まない人も一気に読める小説だ。
(扶桑社 1500円+税)
▽えがみ・ごう 1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学を卒業後、第一勧業(現みずほ)銀行に入行。在職中の2002年に「非情銀行」でデビュー。テレビドラマにもなった「ラストチャンス 再生請負人」など著書多数。テレビやラジオのコメンテーターとしても活躍中。