「ききがたり ときをためる暮らし」つばた英子・つばたしゅういち著
当たり前ではあるけれども、食べることは、あくまでも暮らしの中の一部で、そこから切り離されてあるものではない。とはいえ、コンビニや冷凍食品といった手軽な食が周囲にあふれている現在、そうしたことが見えにくくなっている。
愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンの近くに雑木林とキッチンガーデン(菜園)をつくり、自然の恵みを享受しながら暮らす合わせて171歳の老夫婦が語る本書は、まさに暮らしの中で食べるということの意味をあらためて気づかせてくれる。
妻の英子は、愛知県半田の老舗の造り酒屋で育ち、幼い頃から菜園が好きで野菜作りをしていた。野菜作りを再開したのは、結婚後子育てに忙しい時期、胃下垂を畑仕事で腹筋を鍛えて治したことがきっかけ。
夫のしゅういちは、建築家のアントニン・レーモンドの元で修業した後、日本住宅公団の設立に参加。以後広島大学教授を務めていたが、突然フリーの評論家に。大のヨット好きで、年収を超えるようなヨットを購入するなど破天荒な性格。
そんな2人が晩年を豊かな自然の中で半自給自足生活を送ることにする。雑木林には30種以上の果樹が植えられ、四季折々の果実でジャムやマーマレードを作る。米作りにも挑戦して脱穀から精米まですべて自前。コンポストを使ってなるべくゴミを出さぬようにして、自分たちが食べる以外は親戚や知人に送ってあげる。すべてに無駄のない暮らしぶりだ。
時に哲学的な警句も交えながら、手間をかけて食べることの大切さを教えてくれる。巻末の「英子さんの料理レシピ集」はその実践編。2人の暮らしぶりは「人生フルーツ」というドキュメンタリー映画にもなっている。 <石>
(文藝春秋 740円+税)